354.ちょっとだけ

ヒメマルと一緒に部屋に戻ったブルーベルは、トキオとのやりとりをひと通り話し終えると、
「ティーのこと好きなくせに、全然わかってないんだよ」
紅茶をひと口飲んで、軽い溜息をついた。
「二人は色んな部分で違いがあるからね~。わかりあうには時間がかかるんじゃない」
小さなテーブルの向かい側で、ヒメマルが笑う。
「そうなんだけどさ。あの調子じゃ、ティーのさりげない愛情表現なんか、いっぱい見逃してると思うんだよ」
「それは勿体無いね~」
「だろ」
ブルーベルは口を尖らせた。
「ヒューマンの男って、独特の鈍さがあるんだよな」
「あ~、そうかもね~」
ヒメマルがまた笑う。
「クロックハンドなんかは、そうでもないんだけど」
「ん~、クロックは、耳が尖ってても不思議じゃない感じだよね」
想像して、ブルーベルも笑った。
「似合うだろうな。クロックはハーフエルフっぽいよ」
「だよね~」
二人は笑い合って、紅茶に口をつけた。

「…イチジョウってさ」
空になったカップを置いて、ブルーベルが言った。
「ヒューマンだよな?」
「え?」
ヒメマルがきょとんとする。
「そう、だと思うよ。何か、ヒューマンじゃない感じがするの?」
「いや、そうじゃないんだけど」
ブルーベルは小さく首を傾げた。
「なんかイチジョウって、話しづらいから」
「…苦手なの?」
ヒメマルが心配そうに訊くと、ブルーベルはすぐに首を振った。
「苦手とか、嫌いとかじゃ全然なくて…だから余計わかんないんだけど」
ブルーベルは自分の胃のあたりに手を当てた。
「イチジョウと話す時って、このへんにちょっと力が入っちゃうんだよ」
「緊張するの?」
「…緊張ってほどじゃないんだけど、…ほんとにちょっとだけ、変な気分になるんだ。落ち着かないっていうか…」
ブルーベルはゆっくり頷いた。

「今まで、誰と話す時でもそんなことってなかったから、イチジョウってなんか特殊な人なのかと思ってさ」
「…」
ヒメマルは眉を寄せて、複雑な顔でブルーベルを見た。
「それって、好きってことじゃあないの?」
「好きって?恋愛感情ってこと?」
「うん」
「それはない、絶対」
ブルーベルは半ば呆れに近い声で言った。
「イチジョウがササハラと付き合ってた時だって、なんにも感じなかったし」
「ほんとに~?」
「ほんとだって。断言出来るよ、そういうんじゃない」
ヒメマルが唸る。
「違うならいいんだけど~」
「違うって」
きっぱりと言い切って、ブルーベルは考えこんだ。
「なんでなんだろ…」
「キャドさんみたいに、前に何かあった時の相手に似てるとかじゃない?」
「…かなあ…」
ブルーベルは何度も首を傾げながら、記憶を辿ってみる。
「…そんな相手、思い当たらない…」
「気になるね~」
「あ、」
「なに?思い出した?」
「いや、バベルが前に、クロックには目に独特の力があるっていう話してたんだよ。イチジョウも、もしかしたらそういう感じの」
そこまで言ったところで表情が止まり、
「あっ」
ブルーベルは不意に大きめの声を出した。

「な、なに!?」
「わかった、かも」
そう言うブルーベルの頬が、じわじわと赤味を帯びてきた。
「なに、なんだったの?何か変わった力があるとか?」
「ううん、そんなんじゃない…」
ブルーベルは熱くなった頬を両手で押さえて、首を振る。
「気になるよ~!教えて~」
「別に、ヒメが気にするようなことじゃないよ、大したことじゃない」
「じゃあ言ってよ~」
「今はやだ。違ったらバカみたいだもん…明日、ちゃんと確認してから、言う」
「教えてよ~!」
「やだ」
「も~!」

Back Next
entrance