335.解呪
地上に戻ったパーティは、まっすぐボルタック商店に向かった。「なんかここ来るの久しぶりだな」
トキオが言うと、
「装備いらんからなあ。忍者は楽でええわ」
クロックハンドが、壁にかかっている鎧と、添えられている法外な額の値札を眺めながら頷いた。
「武器の呪い、解いて欲しいんですけど」
今日手に入ったアイテムを売ってから、ヒメマルが店主に言った。
「あぁ、奥行ってくれ」
店主は細い廊下の奥を指差した。
「行こ」
むっつりしているブルーベルの肩を抱いて、ヒメマルは廊下を歩き始めた。
ほんの数歩で廊下は終わった。突き当たりの右手のドアが開いている。
部屋を覗くと、小さなテーブルにローブを着た女性が座って、手招きしていた。
「あら」
「あれ」
女性とヒメマルは同時に言った。
「よく会うわね」
「ね~」
一度目は工房行きの馬車で会い、二度目はブルーベルの服を見繕ってくれた、黒髪の女性だ。今日も緑色のローブがよく似合っている。
「呪い?見せて」
女性はブルーベルを見ると、テーブルの上を掌で指して、そこに手を置くように促した。
ブルーベルがメイスを握ったままの手を置くと、女性はその上に手をかざして、眉を寄せた。
「な、なに?もしかして、解けない?」
ヒメマルが尋ねると、
「いいえ。そうじゃなくて…、ちょっと高いのよ」
女性はパラパラと手元のノートをめくって、
「4000gpね」
申し訳なさそうに言った。
「…よんせん、かぁ…」
最近の稼ぎからすれば「巨額」というほどでもないのだが、ロイヤスルイートの宿泊費、8週間分の値段だ。
「ワリカンだから、そんなに痛くないよ」
ブルーベルが言う。
「あ、そっか」
唯一の鑑定係であるブルーベルの為の出費は、パーティ全体が負担することになる。
「それから、このメイスはそのままお店の方で引き取ることになるけど、構わない?」
「買い取ってくれないの~?」
ヒメマルが困り顔になる。
「店主の方針だから、どうしようもないのよ」
「う~ん、しょうがないかあ…」
「いい?それじゃ、先払いでお願い出来る?」
「は~い」
ヒメマルは分配前の今日の稼ぎから4000gpを取り出して、女性に渡した。
「じゃ、解くわね」
女性がブルーベルの手の上に自分の手を重ね、一言二言口の中で何かを唱える。
「あ」
ブルーベルの指から、あっさりとメイスが離れた。
「いい商売だなあ…」
思わずヒメマルがそう漏らした。女性が笑みをこぼす。
「無理かな」
ブルーベルが呟いた。
「なに?」
女性が首を傾げるようにして訊く。
「俺、解呪について勉強したくて、貴女に色々聞きたいと思ってたんだけど、…仕事としてやってるなら、そういうわけにいかないでしょう」
ブルーベルが遠慮がちに言うと、女性は納得したように小さく頷いた。
「私の家系は呪詛に関わる血筋なの。生まれつき持っている素質だけでも出来ることが多かったから、私は勉強らしい勉強はあまりしてないのよ。仕事や商売が関係なくても、上手く教えられないわ」
澱みなく説明してから、女性は何かを思い起こすような表情になった。
「でも、従兄弟が講師をやっているから…彼なら紹介出来るけれど」
「お願いします!」
ブルーベルの声が弾む。
「西の大陸よ?」
「この街を出たら、西へ行くつもりなんです。お願いします」
身を乗り出さんばかりのブルーベルに、女性は笑って頷いた。
「…あ…、代わりと言ってはなんだけど、ひとつ私からもお願いしていい?」
「俺で出来ることなら、なんでもやります」
ブルーベルが即答すると、女性は懐から小瓶を取り出した。