329.友達
部屋に戻ったトキオは、上半身の装備を解きながら寝室を覗いた。「あーあ」
思わず声が出る。
ティーカップは案の定ブランケットを蹴飛ばしていた。パジャマはずりあがって腹は丸出し、片足はベッドから落ちている。
「なんかもー、どんどんひどくなってんじゃねえか」
トキオは呟きながらティーカップの足を持ち上げてベッドに乗せ、パジャマの裾を整えた。
「どうすっかな…」
服を脱いでパンツ一枚になったトキオは、普段着に着替えるかパジャマに着替えるか、しばらく悩んでからパジャマに袖を通した。
ティーカップの隣に腰を下ろし、ブランケットを引き上げて横になると、
「…ふ?」
ティーカップが寝ぼけた声を出した。
「…もう夜か…?」
半開きの目で言うティーカップの肩にブランケットをかけながら、トキオは答えた。
「いや、まだ昼前だよ。寝てろよ」
「…」
ティーカップは眠そうな顔でトキオを見ている。
「俺も休んじまった」
トキオが言うと、ティーカップは納得したように目を閉じ、トキオの腹に手を置いて、胸元に頭を乗せた。
-…わ
ティーカップの体温が染み込んでくると同時に、体の内側から、何かふわっとしたものがこみ上げてきた。
-ぁあー、やっぱこれすっげえ幸せだなー!!
しばらくの間、人に見せられないような顔で幸福感を満喫してから、トキオはティーカップの寝顔を眺めた。
通った鼻筋、長い睫毛、長い耳。
-エルフなんだよなあ…
じっと見る度に、不思議な気分になる。
同じ部屋を使って毎日一緒に眠っているのに、付き合っているという感覚がどこか希薄なのは、この容姿のせいかも知れないと思う。
-キスから先に進めりゃ、もうちょっと実感沸くのかな。
妄想を働かせてみるが、
-…ダメだ…。
そういう状況になった時のティーカップの表情や仕草が、まるで思い浮かばない。
-…どんな顔すんだろ。
寝顔を見て、進まない妄想を巡らせて、寝顔を見て…と繰り返しているうちに、トキオも眠ってしまった。
*
午後5時を過ぎた頃に地上に戻ってきたパーティは、早めの夕食を摂って解散した。飲み物でも買って帰ろうと、クロックハンドが一人で酒店へ寄って物色していると、
「そう、顔はいいけど、ちょっと頼りなさそうな感じ」
背中側の棚の向こうから、声が聞こえてきた。
「ベルはしっかりしてるから、合うのかも知れないな」
丸くて少し高めの声と、耳障りの優しい声。ビオラとスリィピーだ。わかりやすい。
-顔はええけど頼りなさそうて、ヒメちゃんのことかいな。
クロックハンドは笑いそうになって、軽く口を押さえた。
「俺はやっぱりクロックがいいな。前衛なのに暑苦しくなくて、ちょっと可愛くて、男らしくて。あんなタイプ、他に見たことない」
ビオラが嬉しそうに話している。
-えらい気に入ってくれてんなー。
クロックハンドはアヒル口の笑顔で、肩を竦めた。
「クロックは、ビオラみたいに綺麗な子は恋愛対象にならないと言ってたよ」
スリィピーが少し控えめなイントネーションで言う。クロックハンドは小さく二、三度頷いた。
「いいんだ別に、憧れるのが楽しいんだから」
ビオラはあっけらかんと答えた。
-なるほどなー。好いてくれてるけど、恋愛感情とはちょっと違うんやな。
クロックハンドが納得して買い物を続けていると、
「恋人を作る気はないのか?」
スリィピーが言った。
「作りたいけど、こんな性格だから。好きになってくれる物好きいるかなあ」
ビオラが笑う。
「俺は好きだけどな」
-お、言うた。
スリィピーの切り返しに、クロックハンドが心の中で拍手を送ろうとした時、
「スリィピーに好かれても仕方ないだろ~!友達じゃん!」
ビオラがケラケラと笑った。
-あいたぁー、友達宣言や…
これ以上聞いているのもどうかと思い、クロックハンドは二人に見えない位置を通って会計を済ませ、店を出た。