326.ナンパ

夜の散歩を終えて宿への道を歩いていると、揉めているらしき三つの人影が目に入ってきた。
普段なら特に気にせずに通り過ぎてしまうのだが、そのうちの一人が自分の恋人だと気付いて、
「もしも~し!」
ヒメマルは三人に軽く声をかけた。
「ヒメ」
ブルーベルが言うと、絡んでいた二人の男はブルーベルの腕を掴んだまま、ヒメマルを見た。知らない顔だ。二人とも体格が良く、人相が悪い。
-あ~、ベルはどうしてこういう人達に好かれちゃうのかな~。
思ったことは顔に出さず、
「どうしたの?ケンカ?」
ヒメマルは相変わらず軽く訊いた。
「違う、ナンパ」
ブルーベルが言う。
「え~、困るな~。俺、その子の恋人なんだよ~。連れて帰っていい?」
ヒメマルがブルーベルに近付こうとすると、男の一人がダラダラとした動きで、間に入った。
何を言うでもなく、表情と目つきでヒメマルを威嚇してくる。
-うわあ、感じ悪い。こういうのチンピラっていうんだな~、きっと。
ヒメマルは肩を竦めるようにして一歩後ずさると、深呼吸した。
「…暴力は嫌いなんだけど、」
手刀を構えて足を肩幅に開き、
「口で言ってわかってくれないなら仕方ないや」
ヒメマルは ゆっくり腰を落とした。
「首が飛んじゃっても、寺院に持って行ってあげないからね。地下に置いてきちゃうよ」
嫌な笑いを浮かべているヒメマルを見て、男達は目配せを交わし、舌打ちをして立ち去った。


「ばっっか、何が『首が飛んじゃっても』だよ、吹き出すとこだった」
二人が見えなくなってから、ブルーベルがゲラゲラと笑いはじめた。
「だって素手だもの~。忍者のフリするぐらいしか思いつかなかったんだよ~」
「相手も忍者だったらどうするんだよ」
「忍者に見えなかったからさ~」
「ああ、うん」
「ね」
「最近潜り始めた戦士かな。でかいだけって感じだった」
「だね~」
二人は並んで歩き始めた。

「ベルはさ、ああいう人達に好かれやすいから、一人で帰ってこない方がいいよ」
「いつもは誰か一緒のことが多いんだよ。今日はたまたま。」
「迎えにこようか~?」
「いいよ、そんなの」
「でもさっきだって、俺いなかったら連れてかれてたんじゃない?」
「うーん、どうかな。悩んでてさ」
「ええー、ちょっと遊んでもいいかなって?」
「違うよ、バカ」
「えふっ」
ブルーベルは肘でヒメマルのわき腹を思い切り突いた。
「下手に逃げて、服の修復能力が追いつかないぐらいに破られたりしたら嫌だし、どうしようかなーと思ってたんだよ」
「そっかあ」
「なんか上手い逃げ方考えとかなきゃ」
「だからあ、俺が迎えに行くってばー」
「…じゃ、とりあえずお願いするよ。他に思いつかないし」
「ちゃんとフル装備で行くからね!」
「そこまでしなくてもいいだろ、たいした距離じゃないのに」
「だってさ~、俺って私服だと弱そうに見えるでしょ?」
「…」
そう言われてヒメマルを見上げたブルーベルは、笑いを漏らした。

「ほらー」
「まあ、ヒメが面倒じゃないんならいいけど」
「平気平気。やっぱり、最初っから手出しする気をなくさせるのが大事だからね~」
「うん。…」
ブルーベルは少し考えるような間を置いてから、
「他の後衛職の連中も、帰り道狙われたりしてるのかな」
疑問を呟いた。
「あるかもね~」
「そういえば、夜は女の子あんまり見ないな」
「みんな、ちゃんと自衛してるんだよ~。そのぶん、油断してる男の子が狙われちゃうのかもね。気をつけないと」
「そっか。今まで、あんまり気にしてなかった。連れてかれても別に良かったし」
「今はイヤ?」
「んー…。イヤ、かな」
その返事に満面の笑顔を返して、ヒメマルはブルーベルの腰に腕を回した。

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