325.運動
ノブの回る音がしたので、ベッドに座って枕元の時計とにらめっこしていたトキオはドアに目を向けた。…が、しばらく待っても開く気配がない。
「?」
トキオが近付いた途端、いきなりドアが開いた。
「あぶ…」
「ああトキオ君、しばらく開けておいてくれたまえ」
ティーカップはドアノブを指差してトキオにそう言うと、廊下の方を向いた。
「あ、うん」
トキオがドアを固定している間に、ティーカップは大量の荷物を部屋の中に運び入れた。
「よし。もういい」
ティーカップはふぅっと息をついた。
「すげえ量だな。なんだ?」
トキオはノブを離して、小さな山になっている袋や箱を覗き込んだ。
「ほとんど服だ」
ティーカップはマントを脱いで丁寧にハンガーにかけると、鎧を脱ぎ始めた。
「お前…鎧着たまま服屋回ったのか」
「少し見るだけのつもりだったんだ」
除装したティーカップは、荷物をそのままにバスルームへ向かっていった。
*
「ビアスにマントを見せてる所にスリィピーやビオラが通りがかって、服を買いに行くというからついて行ったんだ。マントに合わせられるものがあればと思って」シャワーを浴び終えてパジャマ姿になったティーカップは、袋から服を取り出してはテーブルの上に置いている。
「いざ店についたら、3人がかりでこれもいいあれもいいと見つけては僕のところに持ってくるものだから、こんなことになってしまった」
「全部買うこたないだろぉ」
トキオはテーブルに置かれた服を畳んで、重ねていく。
「全部じゃない、ちゃんと選んだ」
「選んでこの量かよ」
「何でも着こなせるというのも考え物だ」
「そうだなー」
トキオは笑った。
「でも移動の時大変じゃねえか、こんなにあると」
「移動?」
「この部屋いる間はいいけど、そのうち故郷戻るんだろ?荷物多いと移動大変じゃねえか?」
「…」
ティーカップは腕を組んで、じっと考え込んだ。
「…忘れてたろ」
「…」
ティーカップは おもむろに縦長の袋に手を入れて、
「これも買ったんだが…」
重そうな皮製のブーツを二足取り出した。
「…お前…」
「まあ、なんとかなるだろう」
ティーカップは一番大きな袋に他の袋や箱を詰め込むと、貯蔵庫を開いてワインを取り出した。
「どうやったらなんとかなるんだよ」
「君の荷物は少ないだろう?」
「うん」
「心優しく力強い君のことだから、見かねて僕の荷物を持ってくれるに違いない」
「…いや、そりゃ…持つけどよ」
トキオは小さく呟いてから、緩みそうになる表情をごまかすために唇を尖らせた。
荷物持ち決定という部分に多少抗議をしたくはあるが、帰郷に同道するのが当然のような言い方をされたことが嬉しい。
ティーカップはグラスに三分の一程度のワインを入れて軽く飲み干すと、ベッドに転がった。
トキオも隣に座って、ブランケットを引き上げる。
「…あぁ…」
ティーカップは頭の後ろに手を組んで、よくわからない声を出した。
「うん?」
「…どうも…、落ち着かない」
ティーカップはブランケットの中で膝を立てた。
「マントのせいだろ」
トキオは笑って、ブランケットにもぐりこんだ。
「そうなんだろうな。…目が冴えて困る」
ティーカップは強めに目を閉じた。
「軽い運動してみるとか、結構いいぞ」
「…」
何気なく提案したトキオを、ティーカップが何か言いたそうな横目でじっと見た。
「う?」
「もう少しスマートな誘い文句を考えたまえ」
言われた意味がわからず、しばらく考えてからやっと思い当たって、トキオは赤くなった。
「っ違う!!違うって、マジで、眠れねえ時にちょい腹筋してみたりとか、俺もやったことあるし、そういうことだよ、違うって!」
「おやすみ」
ティーカップは上を向いて、目を閉じてしまった。