316.礼
「んじゃあ、…どうすりゃいいのかな」トキオは姿勢を正して、膝に置いた両手を握った。
「君に厳しく云々というのは、もうやめる。こういうことは話してしまうともう意味がないからな」
ティーカップは腕を組んだ。
「君は、慢心せず、向上心を持ち続けるということを自分でしっかりと心がけたまえ。それで万事解決だ」
「そっか…、うん。調子に乗らねえように、気をつける」
トキオは深く頷いた。
「本当に大丈夫か?」
ティーカップが念をおす。
「だ、…いじょうぶだって、どっちかっつうと、いっつも、振られたらどうしようとか、んなことばっかり思ってるぐらいだし、…調子ん乗ったりするような余裕ねえもん」
「あぁあ」
ティーカップは額に手を当てて、顎を上げた。
「?」
トキオがきょとんとする。ティーカップは納得したというようにゆっくり何度も首を振った。
「わかった」
「…何が…?」
「君がいつも僕の顔色を伺ってるのは、その考え方の所為なんだな」
「…ぅ、伺ってるか…?」
「付き合い始めてから、君は気の弱い犬みたいな目をしてることが多いぞ」
「…、」
何故か頬が少し熱くなって、トキオは唇を尖らせた。
「君の単純さや鈍さや子供っぽさは全部承知の上で付き合っているから今更どうこう言うつもりはないが、その後ろ向きすぎる考え方だけはなんとかしたまえ」
「…性分でさ、どうも悪い方に考えちまいやすくて…。これでも、ちょっとはマシになったんだけど」
トキオは膝の上でもじもじと指を弄っている。ティーカップは難しい顔をして、軽く溜息をついた。
「はっきり言っておくが、僕はああいう目で見られるのは好きじゃない。調子に乗っている方がまだいいぐらいだ」
「…ん。意識して、直していく」
トキオは真剣な顔で頷いた。
「もちょっと自信持てりゃなぁ」
トキオの小さな呟きに、ティーカップの耳がぴくりと反応した。
「自信が持てればなんとかなるのか?」
「ぁ、…うん。…多分、自信ねえのが一番の原因だと思うし」
「…」
ティーカップは何か考えるような間を置いてから、
「今から君に、溜め込んでおいた礼を言う」
不意にそんなことを言い出した。
「ぅ、うん」
「それで自信をつけたまえ」
「え?」
理解する前に強く胸を突かれ、トキオはバランスを崩してそのまま後ろに倒れた。
「な、?」
体を起こそうとすると、覆いかぶさるように乗ってきたティーカップに両肩を押さえつけられた。
「??」
乱れたブランケットの上に押し倒されたような格好になって、トキオは目をしばたかせた。
「…ぁの…」
トキオの唇を、ティーカップの人差し指が塞ぐ。
「…。」
トキオが黙ると、ティーカップは指を離してゆっくり頬に滑らせた。既にかなり温まっていたトキオの顔の温度が、どっと上がる。
「トキオ」
名前を呼ばれて、なんとか目で頷く。頭の中まで熱くなってきた。
「…君のおせっかいは本当に多すぎて、ひとつひとつを挙げていられないが」
頬に触れている手の親指が、トキオの唇をなぞる。
「僕の為に気の利いたおせっかいを思いつく、君の気持ちそのものが、…嬉しい」
ティーカップはゆっくり言葉を繋ぎながら、鼻の触れるような距離まで顔を寄せて、
「ありがとう」
囁くように言うと、トキオに口づけた。
口腔に侵入してきた柔らかい感触に、トキオは思わず目を閉じた。
舌が動く度に背筋にぞくりと甘い痺れが生まれ、脚を抜けていく。その刺激で、膝が勝手に動く。
全身を包む熱が体の芯まで達した瞬間、トキオはティーカップの背を強く抱きしめ、体を捻って体勢を入れ替えた。上に乗ったトキオが、キスを続けながらティーカップの胸元を飾るリボンタイを引きほどくと、
蹴り飛ばされた。
「こんな所で何をするつもりだ!!!」
転がったトキオに向かって、ティーカップが怒鳴りつける。
「…ごっ…ごめ…」
猛烈に痛む鳩尾を押さえて悶絶しつつ、トキオは反省した。