313+.虜(2)

「興味が沸いてからは、ほとんどグラスに、…お前、の話を聞かせてもらったよ」
「ぁんにゃろ」
キャドは煙草を咥えた。
「どんなこと聞いたんだよ?」
「グラスから見た、」
ロイドは一度唇を閉じた。
「すまない、とりあえず今は『君』で許してくれないか。すごく話しづらい」
「構わねぇけどよ」
「グラスから見た、君の性格や戦い方なんかを色々と聞かせてもらった。要約すれば、君は粗野、荒削り、いい加減、適当」
「っへ」
キャドが笑いを洩らす。
「そういう部分が全て魅力だと言ってた」
キャドは口の端を上げた。グラスらしい言い草だ。
「そんなことを聞いてるうちに、どうしても君と話したくなった」
「なるほどねえ」
キャドはロイドとは逆の方へ顔を向けて、煙を吐いた。

「それでも、実際に話すまでは、気になる存在という程度だったんだ」
「話してみりゃあ、期待したほどのもんでもなかったろ」
キャドが笑う。ロイドは自分の胸に手を当てて、真剣に答えた。
「俺は完全に君の虜になった」
派手にむせたキャドの指から、煙草が落ちた。
やれやれとばかりに首を振り、火を踏み消して、キャドは煙草を携帯灰皿に放り込んだ。
「会う度に、いつも思う」
ロイドは眼鏡をはずすと、胸のポケットに入れた。
「君は野性的で鋭いのに、どこかしなやかで、…奔放な」
ロイドはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「金色の獣みたいだ」
「…」
照れくさいのを通り越して、何か居心地が悪い。キャドは苦笑いで首を捻り、足を組んだ。
「ハーフってんで、ちぃと物珍しいだけじゃないのかねぇ」
「ハーフに会ったのは初めてじゃない」
そう言われて、キャドは思わずロイドを見た。
「何人も知ってる。確かに魅力的な人物が多かった。でもこんな気持ちになったのは初めてだ」
独特の光を持つ双眸に真っ直ぐ見つめられて、キャドが思わず目を逸らそうとすると、
「本当に嫌なら、諦める」
ロイドはキャドの頬を掌で押さえ、自分の方を向かせた。
「俺と付き合ってくれないか」
「…」
キャドは困惑した。
即座に断れない時点で、自分がこの特殊な相手に興味を持っているのだとわかる。
が、未だに残っているよくわからないわだかまりと、触れられている頬からざわりと広がる薄い鳥肌が、決断力を鈍らせる。
答えを見つけられないキャドの唇を、ロイドの唇が塞いだ。

絡まった舌から、甘い痺れが体の中を突き抜けて足先まで届く。
同時に今までにない強烈な悪寒が背筋を走って、キャドはロイドを突き飛ばした。
「っ、まだなんも答えてねぇだろ!」
キャドは口元を拭った。
「…すまない。迷ってるようだったから」
ロイドは崩れた体勢を整えて、座りなおした。
「…」
数秒の沈黙の後、
「…まぁよ。嫌ってこたぁ、…ねえわ」
キャドはぶっきらぼうに言った。
「付き合ってもらえるか?」
ロイドの視線が横顔に当たる。キャドは顔を逸らし、大きく両足を上げると、ベンチの縁に踵を乗せてがに股になった。
「…」
「答えをくれ」
「…、あーーーーー」
キャドは大きく天を仰いでから、
「わぁかったよ、もう」
溜息と共に声を吐き出した。
「このまんまでもなんか落ち着かねぇしな。わかった。あんたと付き合ってみるわ」
言い終わった途端にロイドに頭を抱き寄せられて、また唇が触れた。
「やめろって!!」
キャドが突き飛ばす。
「付き合ってくれるんなら…」
「こんなとこでキスなんかすんじゃねぇよ」
「じゃあ部屋に行こう」
「部屋行ったらキスじゃ済まねぇだろうが」
「いけないか?」
「良くねえんだよ、そりゃまた別の話だ。俺ゃもう帰るぜ」
キャドは立ち上がった。
「待っ…」
ロイドが腕を掴もうとすると、
「もう寝るからな、ついてきたら付き合うのやめンぞ」
キャドはロイドを指差して、言い聞かせるように指先を振った。
「んじゃな」
キャドは踵を返して歩き始めた。
「おやすみ」
後ろから声だけが追いかけてきた。
背を向けたまま手を振ると、不意に笑いがこみあげて、頬が緩んだ。

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