308.トレード
10階に降り立って最初の戦闘が、グレーターデーモン3体だった。「3体以上のグレーターデーモンは、やはり飛びぬけて強いですね」
戦い終えて、イチジョウが言った。
「そうやなー。他のはちょっとずつ倒しやすくなっていってる気ぃするけど、アレだけはきっついな」
クロックハンドはデーモンの爪で引っ掻かれた肩を擦った。かすっただけだったが、あっという間に全身が麻痺してしまった。
「もっともっと経験積んだら、あっさり倒せるようになるのかなあ?」
ヒメマルの疑問に、ブルーベルが首を振る。
「俺達の何倍も潜ってる人達でも、普通に戦うぶんには、あまり変わらないみたいだよ」
「普通じゃない戦い方があるのか?」
ティーカップが訊く。
「ハマンで呪文を封じる人達もいるみたいです」
「危なくなった時に、ハマンを使うってこと?」
ヒメマルが確認すると、ブルーベルはまた首を振った。
「違う。最初からハマンを使って戦うんだ」
「え~!?そこまでするなら逃げた方がいいんじゃないの~」
ヒメマルの顔が崩れる。
「ハマンて、なんか前も言うてたやんな。なんやっけ?」
呪文の知識の少ないクロックハンドの質問に、ブルーベルが答える。
「探索何十回ぶんかで得られるぐらいの経験と引き換えに、敵を全滅させるとか、完全に呪文を封じるとか、そういう色んな強い効果の中から好きなものを選べる魔術師呪文」
「ええー。効果強いっちゅうても、ペナルティきつすぎるわ。そんな呪文使うぐらいやったら、確かに逃げた方がええ思うな」
クロックハンドの感想に、ヒメマルがうんうんと頷く。
「そうですねえ。それに、ハマンの効果として、敵を全滅させるというものがあるのに、沈黙の効果を選んでわざわざ戦うのがよくわかりませんね。何か意味があるんですか?」
今度はイチジョウが質問した。
「グレーターデーモンって仲間呼ぶだろ?」
ブルーベルの言葉に、皆頷く。ブルーベルは人差し指を立てて、自分の唇に当てた。
「ハマンで目の前にいるデーモンの呪文を封じておけば、呼ばれたデーモンも呪文が使えないんだ」
「呪文使えへんなら、増えてもそんなに怖ないな」
クロックハンドが言う。マダルトなどのグループ攻撃魔法を唱えてくるからこそ、グレーターデーモンは恐ろしいのだ。
「…ああ」
ティーカップが納得したような声を出した。
「脅威の少ない状態のデーモンをわざと増やして、何体も倒して大量に経験を積むのか」
「そういうことです。僧侶呪文を使えるメンバーの多いパーティで、そういう手順を踏んで、全員のマディが尽きるまで延々と戦い続けると、とてつもない経験量と結構なお金が手に入るそうです」
メンバーから、嘆息が漏れた。
「その方法だったら、ベルもカドルトすぐに覚えられるんじゃない?お金になるんだったら、イチジョウにもいいし」
ヒメマルが言うと、ブルーベルは首を振った。
「全員ぶん合わせても、マディ使える回数が少ないよ。やる時は、何時間もぶっ続けで、何百体も倒すものなんだって」
「何百て!」
クロックハンドが思わずつっこむ。
「僕は10体で飽きるぞ」
ティーカップが顎を上げて言う。
「集中力も切れそうですね…」
イチジョウが唸る。
「多分、同じ時間使って死の指輪何回も持って帰る方がお金になるよ」
イチジョウにそう言って、ブルーベルは肩を竦めた。
「本当に慣れきったベテラン達でも、気が向いたらやってみる程度の方法みたいだし…真似しないほうがいいと思う」
「宝箱開いたぞー」
ひとりで黙々と宝箱と格闘していたトキオが、戦利品を5人の所へ持ってきた。
*
夕方になって、パーティは地上に戻った。グレーターデーモン以降はさして面倒なモンスターには遭遇しなかったが、目立った収穫もなかった。酒場に近付いて、待っているミカヅキを見つけたクロックハンドは、
「分配したもん明日もらうわ、お先ー」
パーティに手を振り、ミカヅキの方へ駆けて行った。2人は何かを喋りながら歩き始め、あっという間に人ごみの中へ消えていった。
「やっぱりクロックとミカヅキ、前より仲良くなってる感じだね~」
酒場で焼き魚を口にしながら、ヒメマルが言った。
「今の関係が、二人にとって一番いい距離なのかも知れませんね」
イチジョウの言葉に、トキオはふと、
-距離かー…
と考え込んでしまった。
好きになる前の方が確かに気楽だったし、遠慮なく言いたい事も言えていたとは思う。
-でも好きになっちまったもんはどうしようもねえしなあ。ミカヅキみたいに友達的な距離に戻れるかっつうと、
「もらうぞ」
隣のティーカップがトキオの皿の唐揚げを突いて、自分の皿に運んだ。
「それ最後にとっとい…、まいっか。せめてなんかトレードしてくれよ」
「仕方ないな」
ティーカップは大きなブロッコリーをトキオの皿に置いた。