307.悩み

朝、いつも通り集合した後、トキオ達のパーティが酒場から町外れへ向かっていると、駆けてくる足音と共に、
「クロック!」
声が追いついてきた。トキオが振り向くと、忍者らしく引き締まった黒装束にゴーグルをつけたミカヅキが、すぐ後ろにいた。
「おう、なんや」
クロックハンドが応える。パーティの横に並んだミカヅキは、振り向いたメンバーに軽く一礼して、クロックハンドに話し掛けた。
「昨日言ってた店の場所がわかった。良かったら今晩一緒に行きたいんだけど、どうだろう」
「ええな、行こか」
「待ち合わせは、18時にギルガメッシュの前でいいだろうか」
「わかった、それでええ」
「それじゃ、何かあれば掲示板で連絡して欲しい。では、失礼」
ミカヅキはクロックハンドに頷いた後、またパーティに一礼して、来た方向へ戻っていった。

「すっごいシャキシャキしてるね~」
ミカヅキの後ろ姿を見送って、ヒメマルが言った。
「あれがほんまのあいつなんよ」
クロックハンドが笑う。
「お店って?」
ヒメマルが訊く。
「食い物屋でな、ちょっと遠いねんけど、小さい店でうまいとこがあるらしいっちゅうから」
「いいね~、隠れた名店でデートかぁ~」
「デートやないない、恋人とちゃうがな」
クロックハンドは手を振った。
「でもなんか、前より仲いいんじゃねえか?」
トキオが言った。
「そやな。そうかも知れん。好きやなんやいうの置いといて付き合うんなら、結構ええツレなんやわ。色々知っとるし、あいつと話すん割と楽しいねん」
「いいな」
ブルーベルが呟いた。
「俺の話じゃ物足りない~?」
ヒメマルが口を尖らせると、ブルーベルはその唇を指ではじいた。
「ヒメの話は面白いけど、ミカヅキの知識の種類は、ヒメの知識とは全然違うだろ」
「ヒメちゃんの話ってどんなん?」
クロックハンドが訊くと、ヒメマルは腕を広げた。
「吟遊詩人みたいに、奇想天外な冒険譚を寝物語にね~」
「そんな特技があったんですか」
イチジョウが眉を上げてヒメマルを見た。
「話の途中で寝る吟遊詩人いないだろ。ただのヒメマルの体験談だよ。たまにうろ覚えだし、よく話めちゃくちゃになってる」
ブルーベルがさくりと言う。
「あ~そういう言い方したらロマンも何もないじゃない~」
軽い笑いの中で、イチジョウは何の気なしにティーカップに目をやって、おや、と思った。
ぼんやりと無表情に前方の地面を見ていて、こちらの会話も耳に入っていないようだ。

「…ティーの様子が変ですよ」
イチジョウはトキオに小さく耳打ちした。
「え」
トキオは隣のティーカップを見た。確かに、心ここにあらずといった顔をしている。
「ティーカップ?」
握った手を軽く揺らして、トキオはティーカップを呼んだ。
「…ん。うん?」
ティーカップは、やっと顔を上げた。
「どうした、考え事か?」
「…あぁ、まあ、うん」
トキオの問いかけに曖昧な返事をして、ティーカップは微かな溜息をついた。
「…、悩みでもあんのか?」
ティーカップにしか聞こえないぐらいの小声で、トキオは訊いた。
「…悩みか… …そうだな」
同じぐらいの声で、独り言のようにティーカップが呟いた。
-最近なんかテンション低いのは、そのせいか。
トキオは握った手に少し力を入れて、小声で続けた。
「俺、役に立てねえか?」
ティーカップは小さく首を振った。
「気にするな」
「…そか」
悩み事を話してもらえないというのは、頼りにならないと思われているのか、自分には話せないことなのか、もしかすると自分に関連することなのか、…ビアスには話しているのだろうか。
ネガティブな要素が一度にいくつも浮かんだが、トキオは心の中でそれを振り払った。
-人に話すのが好きじゃない奴もいるんだから。気にするなっつうなら、気にしても仕方ねえ。な。
探索前に余計なことを考えるのは避けた方がいい。トキオは気持ちを切り替えることにした。

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