306.話す時間

部屋に戻ってすぐにバスルームに入ったティーカップが、やっと出てきた。
「あのさ」
随分前にシャワーを浴び、パジャマに着替えていたトキオは、腰掛けたベッドから声をかけた。
「うん?」
ティーカップはバスローブを羽織り、濡れた髪をタオルで拭いている。
「お前、探索がひと段落したら、いっぺん故郷に帰るっつってたろ」
「ああ」
「んで、ビアスが一緒に帰るとか言ってたりしたよな。あの話、結局どうなったんだ?」
ティーカップは、顔にかかる髪をタオルで後ろに流した。
「時期が合えば、一緒に帰ることになるかも知れないな」
「…そっか」
2人で必ず一緒に帰郷する、というわけではないらしい。
「俺も、お前と一緒に行くことになる…の、か?」
自信を持ちきれないトキオは、幾分緊張しながら尋ねた。
「好きにしたまえ」
その答えに、思わず落ち込みそうになる。
-俺がついて来ても来なくても、どうでもいいっつう感じだな…
トキオは沈みかけた表情を、両手で押さえて引き締めた。
-いや。ついて来てくれ、って言われるぐらいになりゃあいいんだ。うん。

「これはサービスに洗わせて大丈夫なのか?」
タオルを首にかけたティーカップが、トキオが仕立て直した服を両手で広げて持ってきた。
サービスというのは、最近宿が始めた有料の洗濯サービスのことだ。洗濯店と提携を始めたらしい。
「あ、それは一応手洗いする。俺がやるから、テーブルに置いててくれ」
「そうか」
ティーカップは服を置いて、トキオの隣に座った。
「あんな風に服を改造するのは、結構時間や手間がかかるものか?」
「うーん、あれぐらいなら、そんなに難しいもんでもねえかな」
「…何着か替えがあると、嬉しいんだが」
珍しく遠慮がちなトーンでティーカップが言った。トキオは笑って頷いた。
「同じもんいくつも作るってんなら簡単だ、ちゃんとした裁縫道具使えばかなり早いしな。今日実際に使ってみてどうだった?どこも調整しなくていいか?」
「必要ない」
「んじゃ、同じのとりあえず3着ぐらい作るな。道具借してくれるとこ、このへんにあっかなぁ」
トキオが思案していると、
「寸法がわかれば、他のサイズでも同じようなものを作れるのか?」
ティーカップが訊いてきた。
「ん?作れるけど」
「ビアスにも一着、作ってもらえないか」
「お前な」
反射的に強い声で返して、トキオは一度口を閉じ、深呼吸した。

「お前のもんしか、作らねえ」
トキオはティーカップを真っ直ぐ見て、真剣な顔で言った。
「…そうか」
ティーカップは眉を少し上げただけで、立ち上がってパジャマに着替え始めた。
-俺が微妙な気分になったの、わかって… …ねえんだろうなー。
トキオは肩を竦めて、ベッドに潜り込んだ。

「今度の休み、君は何か予定を立ててるのか?」
着替え終えたティーカップがベッドに入ってきた。
「うん、一応は。なんで?」
トキオはティーカップを所定の位置へ抱き寄せた。
「その予定に、工房に行くというのを挟めないか」
「あーー、工房なあ。ベルの着てた服、良かったもんな」
「ああいう生地で、マントが欲しいんだ」
「そうかー…。服以外にも色々ありそうだし、面白そうだもんな。行くか」
トキオは頷いた。
「工房行く時って、みんな朝から馬車乗って、帰りは夕方か夜ぐらいになってるよな。戻ってきて晩メシ食って寝るって感じになるか」
「君の立てていた元の予定は、どういうものだったんだ」
「大したもんじゃねえよ。そのへん散歩してメシ食って公園でも行って、とにかく、のんびり話す時間取れりゃあどこでもいい、みたいな」
「話す時間?」
ティーカップが怪訝な顔でトキオを見上げる。
「うん。夜はお前すぐ寝るし、潜ってる時は、やっぱ戦闘の話なんかが中心だろ」
トキオはティーカップの肩を抱きなおした。
「お前の趣味とか、好きなこととか、嫌いなこととか…色々、じっくり聞いてみたくてよ。俺、お前のこと何も知らねえんだもん」
「…そうか」
ティーカップは静かに言って、目を閉じた。
「馬車でも結構話せるよな。乗る時間長いみたいだし」
「そうだな」
ティーカップの声は、半ば眠りに入っている。トキオも目を閉じた。

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