305.疑問

マカニト一発で葬ることの出来るフロストジャイアントと、脅威の要素が少ないウィスプばかりを相手にして、消耗の少ない探索だった。
ともすれば抜けそうになる気合をキャンプの度に入れなおし、パーティは心身ともに余裕を持って地上に戻った。
*
「ティーさ、ちょっとビアスさんとこ行きすぎじゃない?トキオにやきもち焼かせようと思ってるのかな~?」
5人の夕食のテーブルで、そう言ったヒメマルはバターをたっぷり乗せたホットケーキを頬張った。
「いや、そういうのは多分ねえと思う」
トキオはチキンの照り焼きを齧っている。
「なんで~?」
「俺が妬いてウダウダ言うの、あいつ嫌がるから。友達と会ってるだけなのに、いちいち気にすんなってよ」
「そっか~」
「もしかしたら、ビアス氏が近いうちにこの街を離れるのかも知れませんよ。出来るだけ話をしておきたいのかも」
「あ…、そういうことも、有り得るか」
イチジョウにそう言われて、トキオは、ビアスがティーカップと一緒に故郷に帰ると言っていたことを、改めて思い出した。
-あの話、結局どうなったんだか聞いてねえや。
ずっと気になったまま、なかなか切り出せずにいた質問だが、付き合っている以上、ティーカップの予定はトキオの予定にも大いに関わりがある…はずだ。
-どうすんのか、聞いてみるか…。
*
夕食の後、トキオとクロックハンドは部屋に戻って、イチジョウとブルーベルはまたそれぞれ潜りに行った。
酒場周りの店で軽くウィンドウショッピングしていたヒメマルは、街道脇のベンチに座っているティーカップを見つけて、隣に腰を下ろした。

「ティー」
ぼんやりしていたティーカップは、声をかけられて初めて、横に座ったのがヒメマルだと気付いたようだ。
「…なんだ、君か」
「ビアスさんは?」
「もう帰った」
「ティーはここで何やってるの?」
「何と言われると、特に何もしてないな。まあ、食休みだ」
ティーカップは両腕を上げ、体を伸ばした。
「早く帰ってあげればいいのに~。トキオ待ってるよ~?」
「…待ってる…か」
ティーカップはそう呟いて、大きな溜息をついた。

「…待たれるの、嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃない…」
小さく首を振って、ティーカップはまた溜息をついた。
「…ティーってさ」
ヒメマルは、頭をかすめた疑問をストレートにぶつけてみることにした。
「うん?」
「トキオのこと好きじゃないの?」
「…」
ティーカップは長い間沈黙してから、何かを噛み殺すような声で答えた。
「嫌いな相手と付き合いはしない」
「好きとは言わないんだね~」
「…」
ティーカップは答えずに深呼吸をして、前髪をゆっくりかきあげた。

「君はラーニャとうまくやってるのか?」
「毎日ラブラブだよ~」
ヒメマルは満面の笑顔で答える。ティーカップは満足そうに頷いて、組んだ自分の足先へ視線を置いた。
「…パーティのメンバーを集めた時、僕にはブルーベルがラーニャだとわからなかった」
隙あらば話を戻そうと構えていたヒメマルは、それをやめてティーカップの静かな声に聞き入った。
「成長していたせいもあるが、何よりブルーベルの表情も声も、僕の知っているラーニャとは全く違って、…固くて暗かった」
組んだ脚をほどくと、ティーカップはヒメマルを見た。
「君と付き合い始めてから、あの子の表情はどんどん柔らかくなってる。今のブルーベルなら、会ってすぐにラーニャだとわかったかも知れない」
ティーカップの言葉に、ヒメマルは笑顔を返した。

「何が気に入ったのかよくわからないが、君とは相性がいいらしいな」
「何が気に入ったのかわかってよ~」
ヒメマルの抗議に、ティーカップは声をあげて笑った。
「ともかく、君達の仲は安定してるようで何よりだ」
「ベルが俺のこと嫌わない限りは、ずっと安定してると思うよ」
ヒメマルはベンチにもたれ、街灯に吸われて星の少ない空を見上げた。
「ベルみたいなパートナーには、多分もう二度と会えないからね~。俺の気持ちが他の人に移ることなんて、有り得ないよ」
「そういう言葉で、同時に複数の女性を口説いたのか」
「え?…あっ、あー、いや~あれは…色々事情があったっていうか、なんていうか、あのね…どう言ったらいいのかな~」
ティーカップは笑いながら立ち上がり、しどろもどろなヒメマルを置いて、ベンチから離れて行った。

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