304.ローブ
「うわぁベルちゃん、それええなあ」朝の集合時間、クロックハンドはブルーベルを見た瞬間に新しいローブを褒めた。ローブと言っても、上着、パンツ、マントと全てセットになっている服のようだ。黒を基調に、ビロードのような上品な艶のある生地で仕立てられている。要所要所に刺繍が施され、派手すぎないフリルやレースが穏やかな華やかさを添えている。
「でーしょー、似合うでしょー」
答えたのはブルーベルでなく、その隣に座ったヒメマルだ。
「ヒメちゃんの見立て?」
「見立てっていうかね、ベルに似合いそうな服あるよって勧められてさ、試着したらすっごく似合ってたんだよ、ねー」
ヒメマルは嬉しそうにブルーベルを見る。
「せやけど、そんな綺麗な服やと傷むの嫌やねえ」
「これね、破れても勝手に治るんだよ~」
「うそやん!?」
「ほんとだよ」
片手を顎に沿えて頬杖をついていたブルーベルが頷く。ブルーベルもこの服を気に入っているらしい。機嫌が良さそうだ。
「ええなあー」
「いいな」
クロックハンドと一緒に、ティーカップが呟いた。
「やっぱ、工房ってとこで買ったのか?」
「そうだよ~」
トキオが訊くと、ヒメマルが答えた。
「これは、かなり高級なんじゃないですか?」
ブルーベルの横に座っているイチジョウが、じっと服を観察して言った。
「15万GPぐらいだった」
ブルーベルが言う。
「たかーっ!!」
クロックハンドがひっくり返りそうな声を出した。初心者からベテランまで、ほとんどの術者は店で売っている7GPのローブを着ているのだ。
「なんか他に特別な効果とかあるのか?かなり防御力があるとか」
トキオが訊くと、ブルーベルは首を振った。
「全然ないよ。自動で治るだけの、ただの服」
「ひゃー、贅沢品やねえ」
「傷みを気にせずに好きな格好で探索出来るのなら、その値段でも悪くはないな」
ティーカップは真面目な顔で考えている。興味があるようだ。
「だよね、俺も買いたかったよ~」
ヒメマルが残念そうに言う。
「なんで買わんかったん?」
「注文した服の支払いで、かなり貧乏になっちゃったからね~」
「その服は探索用じゃないのか?今着てるやつじゃないんだよな?」
トキオが訊く。
「そのうち探索にも着ようと思ってるんだけど、今はまだね」
「潜る時の服て、ある程度着古したもんでないと勿体無いもんなあ」
ヒメマルの答えに、クロックハンドが頷いた。
「あ、そういや昨日、怪しい人にイチジョウのこと聞かれたぞ」
思い出して、トキオが言った。クロックハンドが横でうんうんと頷いている。
「どんな人ですか?」
イチジョウの目が警戒の色を見せる。
「こう、フードついた茶色いローブかぶってたな」
言いながら、トキオは手でフードを表現した。
「ああ、」
部屋に来たノリチカの姿が思い浮かんで、イチジョウは体の力を抜いた。
「誰かわかりました。何か言ってましたか?」
「最近イチジョウはどんな感じだ、みたいなことを、紙に書いて聞いてきた」
イチジョウは、ソウマやバベルが紙を使って重要な伝言をしてきたことをすぐに連想した。
-会話の内容を猩々に聞かれないように、か。本当に警戒してるのか、細かい演出か。どっちだろうな…
「知らねえって答えといたけど、良かったかな」
「そう答えていただけるのが一番助かります、ありがとうございます」
朝食を摂り終え、メンバーそろって酒場を出ると、トキオはティーカップの手を握りながら尋ねた。
「掲示板のとこで何やってたんだ?」
ティーカップは1人、掲示板に寄ってから店を出たのだ。
「伝言を貼ったんだ」
「誰に?」
他意なくトキオが聞くと、
「ビアスに」
と返ってきた。
「そうか」
トキオは頷いた。妬いても拗ねても何もいいことはないときっちり学習したせいか、ビアスの名前を出されても、今までよりずっと気分が落ち着いている。
「今日の夕食はビアスと食べる予定だ」
「…、」
トキオは目を閉じ、深呼吸した。
-気にしない、気にしない。
自分に言い聞かせながら、昨晩のキスを思い出してみる。自然と頬が柔らかくなった。
「帰りは何時頃だ?」