302.訪問者
今日もダブルとオスカーに手伝ってもらったイチジョウは、夕食の後、2人を自室に招いて酒を飲み交わしていた。肴は主にオスカーの恋愛話だ。相手はオスカーの友人のロードで、典型的なE嫌いのGだという。
「ひとことで言えば、がちがちの堅物ですね」
オスカーが言う。
「んじゃあ、オスカーとは正反対だな」
ダブルの言葉に、イチジョウが頷く。
「彼は、同性に興味はなさそうなんですよね?」
以前から少し話を聞いていたイチジョウは、確認するように訊いた。
「そうですね。尋ねたことはありませんが、多分興味はないと思います。同性に恋愛感情を抱くのは間違っている、と真顔で言いそうな人なんです」
オスカーが答える。
「ってえことは、不戦敗か」
ダブルが唸ると、オスカーは手にしたグラスを軽く持ち上げて、笑った。
「気持ちは伝えますよ。万にひとつの可能性もありますから」
「おぉ、いいねえ」
「では成功を祈って」
オスカーのグラスに、ダブルとイチジョウがグラスを当てた。
「ん」
グラスの音と一緒にノックが聞こえたような気がして、イチジョウはドアの方を見た。
少し待つと、やはりドアが鳴った。
イチジョウの事情を理解しているダブルとオスカーが、目で会話する。
「俺が出てみるわ」
ダブルが立ち上がって、ドアに近づいた。
「2人はドアから見えねえとこに行ってくれ」
促されたイチジョウとオスカーは、ベッドルームの入り口まで移動して、壁の陰からドアを窺うことにした。
ダブルがドアを開けると、茶色いフードつきのローブを被った男が1人、立っていた。
「なんか用か?」
ダブルは部屋からほんの少しだけ顔を出して話した。カイルのかけていった魔法はしっかり機能していて、ドアより内側から話すと、こちらの声が相手に聞こえない。外の声は普通に部屋の中に聞こえるようになっている。イチジョウとオスカーは耳を澄ませて、訪問者の返答を待った。
「…こ、ここは…、イチジョウ…殿の部屋ではありませんか?」
男の声は狼狽している。
「お前さんは誰なんだよ」
ダブルが更に訊く。
「…」
沈黙の後、
「ノリチカといいます。イチジョウの弟です」
答えが返ってきた。
「なるほどな。んで、何の用だよ」
ダブルが言うと、ノリチカはしばらく躊躇してから、
「兄者と、話をしたくて」
弱い声で答えた。
「どうします」
オスカーがイチジョウに訊く。
「何を話すつもりなのか…。聞いてはみたいですが」
「外で聞くのは危ないですよね」
「そうですね」
「部屋に入れてみますか?何も出来ないようにして」
「というと」
「まずですね…」
説明を受けて、イチジョウはオスカーに任せることにした。
オスカーは自分の荷物の中から、太目の紐と何枚かの大きな布を取り出して、ダブルの横に立った。
「話をしたいということなら、部屋に入ってもらいます。その場で下着以外の服をすべて脱いでください」
オスカーの要求に、ノリチカはもちろんダブルも少し驚いた。
「状況はわかってるでしょう。出来ないなら諦めてください」
オスカーの真っ直ぐな視線を浴びて、ノリチカは項垂れた。
「わかりました…」
ローブの下は簡素なシャツとズボンだけで、ノリチカはすぐに下着一枚になった。
「では後ろを向いて。腰の後ろで両手を組んで、ドアに近づいてください」
ノリチカが言われた通りにすると、オスカーは後ろ手になったノリチカの両手を紐で縛り、2枚の布で目隠しと猿轡をした。
「ダブルさん、あれを」
オスカーは自分の親指と人差し指の先をつけて、コインの形を示した。
ダブルが部屋に入る為のコインを手渡すと、オスカーはそれを布に包んで、縛ったノリチカの手に握らせ、そのまま部屋へ引き入れた。
ドアを閉めるとすぐに、オスカーはノリチカの手からコインを包んだ布を取り上げて、ダブルに渡した。
-結構シビアなとこあんだな。
ダブルはオスカーの慎重さに感心しながら、イチジョウの荷物の中へ、コインを布ごと押し込んだ。振り向くと、オスカーはノリチカを座らせて足まで縛っていた。
「すみませんね、こんな思いをさせて。でも、友人は出来る限り守りたいんですよ」
オスカーはノリチカの目隠しをずらして、真剣な顔でそう言った。