301.キス

「なんか気になるとこあったら調整するから、言ってくれ」
トキオに言われて、ティーカップは体を捻ってみたり腕を上げてみたりと、大きく体を動かした。
「別にないな。だぶつかないぶん、普通のものより着心地がいい」
「すぐに着て潜れそうか?」
「ああ」
「じゃ、鎧つけてみて問題あったりしたら、すぐ言ってくれな」
「わかった」
ティーカップはコルセットの紐を解いて、服を脱いだ。

「なんでまたこんな服を作ったんだ?」
パジャマの上着に袖を通しながら、ティーカップが訊く。
「ん、お前、ここ弱いだろ」
トキオは自分の脇腹を指して言った。
「…あぁ」
「ちっとでもクッション多い方がいいと思ってよ、そんだけ」
トキオは髪を拭ききって、タオルを籠に投げた。

「そうだ、あれも」
トキオは隣の部屋に行き、畳んだズボンのポケットを探って指輪を取り出すと、寝室に戻ってきた。
「バベルに見てもらったぞ。なんも問題ない、ただの指輪だって」
トキオは、ベッドに腰掛けて上着のボタンをとめているティーカップの隣に座った。
「つけさせてくれるか?」
トキオが言うと、ティーカップは左手を差し出した。
未だに伸びきっていない不揃いの爪が痛々しい。自分のために負った怪我なのだ、と改めて思うと、じわりと胸が熱くなる。手にとった薬指に指輪をくぐらせたトキオは、そのままティーカップの左手にキスをした。
トキオが唇を離すと、ティーカップは掌を伸ばして指輪を眺めた。
「悪くない」
満足そうな声と表情に、トキオも嬉しくなる。
ティーカップが手を開いたり閉じたりしながら指輪を観察している間に、トキオはバスローブを脱いでパジャマに着替えた。


ベッドに入ると、ティーカップはいつも通りトキオを枕にした。
トキオはティーカップの額に頬をあて、腰に腕を回した。密着していると、単純に幸せな気分になる。
-あぁもう、ほんっと馬鹿だったなー。
昨日は背中を向けて寝てしまったのだ。あんな気分の時こそ、しっかりと抱き締めて眠れば良かった。
「ネックレスさ、治ったらやっぱ、ビアスと一緒に取りに行くのか?」
軽い感じで訊いてみる。
「交渉してくれたのはビアスだから、そうするだろうな。僕はドワーフとあまり会話したくない」
「そっか。わかった」
トキオは素直に頷いた。もちろんビアスと出かけられるのは嫌なのだが…
-いじけたって、なんもいいことねえもんな。やめやめ。
自分に言い聞かせて目を閉じると、腕の中にいたティーカップが少し体を起こした。

-便所かな。
そう思った時に、左の頬に柔らかいものが触れた。
-え?
思わず目を開けると、ティーカップの前髪がすぐ近くにあった。頬にまた、柔らかいものが触れる。
-え…っと…これ、…キスされてんだよな…
トキオは体を微動だにしないまま、目だけを泳がせた。
-…なんでだろ…
ティーカップはトキオの頬や顎に、優しいキスを繰り返している。
-…指輪かな。実はすげえ気に入ったとか。
トキオは頬を赤くしながら、キスされる理由を探した。
-…わかんねぇや、なんだろ。
ティーカップの唇が、やっと頬から離れた。トキオがティーカップを見ると、ティーカップはトキオに笑いかけてから、いつも寝る時の位置に頭を戻した。
-…またビアスと出かけるつったのに、俺が拗ねたりしなかったからか?よくできました、みたいな?
トキオはほんの少し、首を捻った。
-ちっがうかなー。
どうにも答えにたどり着けそうにない。トキオは口を開いた。

「ティーカップ」
「…ん」
ティーカップは姿勢を変えず、半ば眠っているような声で応えた。
「あの、なんで今、…キスしてくれた?」
「…」
目を閉じたまま、ティーカップは僅かに眉をしかめた。
「君は、明確な理由がある時しか恋人にキスしないのか?」
「ぁ、…いや、…そっか」
トキオが頷くとティーカップは小さく息を吐き、体の力を抜いた。本格的に眠りに入ったようだ。
-キスしたかったからしただけ、てことか。そりゃ、俺は…そういうこと、よくあるけど。
ティーカップが、そんな衝動的な感覚で自分にキスしてくれるとは思いもしなかった。
何か妙に嬉しくて、トキオはしばらく寝付けなかった。

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