298.不審人物
2人が立ち上がった時、ローブの男はつられるように腰を浮かせたが、思い直したようにまたベンチに腰を下ろした。「なんやったんやろ」
ベンチからかなり離れたところで、クロックハンドが肩をすくめた。
「クロックのこと好きなんじゃねえの」
トキオがからかうように言う。
「そういう雰囲気やなかったでえ」
「…なんなんだろうな」
トキオは首を傾げた。
「まぁ、ええか。トキオは今からどないする?」
「そうだな、バベルに指輪見てもらおうと思ってんだけど」
「ついて行ってええ?」
「おうよ」
2人は連れ立ってバベルの診療所へ向かった。
*
「ただの指輪。」という、全く面白みの無い-面白くても困るのだが-鑑定結果を聞いて、トキオとクロックハンドは診療所を出た。
ひと休みしようということになって、近くの喫茶店に入ると、2人はハーブティーを注文した。
「それ、やっと渡せるなぁ」
クロックハンドはテーブルに置かれた指輪を見て言った。
「うん」
トキオは笑顔で指輪を摘み上げ、ポケットに入れた。
「トキオ、晩飯の予定はどうなん?あらへんのやったら一緒に食べへん?」
「…あー、…」
クロックハンドに訊かれて、トキオは口元に手を当てた。
「あいつがどうすんのか、聞いてねえや…」
「ほな一応空けといた方がええかな。やめとこか」
「ん…」
トキオの表情が苦くなる。いつまでも拗ねていないで、帰ってくる時間や夕食の予定ぐらい聞いておけば良かった。
「ふわ」
クロックハンドは運ばれてきたハーブティーに口をつけようとして、ひっくりかえるような声を上げた。
「どした?」
「振り返らんとってな」
クロックハンドはほとんど唇を動かさずに、小声で言った。
「え?う、うん」
「トキオの後ろに、窓あんねんけどな」
「うん」
「そっから、さっきのローブの人が覗いてるねん…、顔半分だけしか見えへんけど…」
「!?」
背筋が冷えた。
「こ…こえぇ…」
「めっさ怖いって!…あ、おらんようになった」
「なんなん…」
トキオが言いかけた時、喫茶店の入り口ドアに取り付けてあるカウベルが鳴った。
「入ってきたでー!」
クロックハンドは擦れるような小声で言った。
ローブの男は、トキオの背中側のテーブルについた。
「…」
トキオは後ろを気にしながらハーブティーを飲んだ。ローブの男と、ほぼ背中合わせの状態だ。距離が近すぎて、何も言えない。
「…」
クロックハンドも、無言でトキオを見ている。
ローブの男は注文を取りに来たウェイトレスに、何かをぼそぼそと呟いた。
「…そういや、ミカヅキとは、友達って感じになってんのか?」
トキオは出来るだけ自然なつもりで言ってみたのだが、声が少し硬くなってしまった。
「そうやなあ。なんか、前よりよう話しとるわ」
クロックハンドの声もどこかわざとらしい。
「友達関係の方がうまくいくってことも、あんのかもなー」
「あるかもなあ」
相槌を打ったクロックハンドの眉が、徐々にハの字に寄っていく。
「…あかん、耐えられへん。俺、訊くわ」
クロックハンドは小声で言って立ち上がると、ローブの男の横に歩み寄って、言った。
「いきなりすみません。もしかして、俺らに何かご用ありますか?」