296.この程度
今日の探索も特筆するような出来事はなく、これといった出色のアイテムもなかった。分配と夕食を終えてパーティが解散すると、トキオはティーカップと共に宿へ向かった。
酒場を出て並んで歩き始めると、トキオはそっと左手を伸ばしてティーカップの右手を握った。
「朝、俺がいない時に何話してたんだ?」
トキオが訊くと、
「同じベッドで寝ているのに深い関係じゃないことを不思議がられただけだ」
ティーカップは棒読み気味に答えた。
「そんな話してたのか…」
皆の視線の意味がわかったような気がする。
「僕は」
ティーカップが小さく言った。トキオが続きを待っていると、
「…なんでもない」
首を振って、黙ってしまった。
「あのよ」
トキオはティーカップの横顔に向かって言った。
「俺、お前の考え方とか、何考えてるとか、全っ然わかんねえから」
トキオは繋いだ手の指を握りなおした。
「言いたいことあったら、ちゃんと言ってくれ。頼む」
トキオの真剣な顔を見て、ティーカップは柔らかく笑った。
「君に何か言おうとしたわけじゃない。独り言みたいなものだ、気にするな」
「ほんとか?」
「ああ」
「そっか」
トキオは頷いて、表情を緩めた。
「明日さ、一日休みだろ」
「そうだな」
「ゆっくり話せるとこ行きたいと思ってんだけど」
「先約があるんだ」
「…え?」
嫌な予感を持ったトキオがティーカップの方を向くと、
「ビアスと」
予想通りの答えが返ってきた。
「ネックレスを治せそうな店を見つけたというから、一緒に行くことになった」
「…」
トキオは抗議しそうになった口をぎゅっと結んだ。
『他の人物と約束する前に、パートナーの予定を聞くべきだ』というのは、やはりトキオの側だけが守るべき"マナー"らしい。わかってはいたが、ここまで堂々と言われると、流石に微妙な気分になる。
ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着けてから、トキオは口を開いた。
「…なんで明日なんだよ。他の日でもいいんじゃねえのか」
「時間が合うのが明日しかなかったんだ」
「…、でもまあ、店行くだけなら丸一日つぶれるってわけじゃねえよな?」
「そのまま買い物にも付き合うことになってるから、なんとも言えないな」
「…、なんで、」
言いかけた時に胸がずきりと痛んで、トキオは唇を噛んだ。
「…なんでそんな、休みの日に、…他の奴と、…デートみたいなこと、すんだよ」
なんとか声を搾り出す。
「休みに重なったのは偶然だし、友人と出かけるのをデートとは」
「あーそうだよな、ダチだもんな、デートじゃないんだよな。わかったよ」
トキオは投げるように言って、握っていた手を離した。
「買い物に付き合うのは、店を紹介してもらう礼なんだ。仕方ないだろう」
ティーカップの声が、呆れるようなニュアンスを含んでいる。
「だからわかったって言ってんだろ、行ってくりゃいいじゃねえかよ」
トキオはティーカップの方を見ずに言った。
胸がずきずきする。
休日をビアスに持っていかれたことはもちろん悔しいが、それよりも、ティーカップがこちらの心情を全く理解してくれていないことのほうが堪える。
「トキオ」
「なんだよ」
溜息混じりに呼ばれて、返事がぶっきらぼうになる。
「この程度のことで腹を立てるな」
「怒ってんじゃねえよ!」
声を荒げてしまって、トキオは自戒するように奥歯を噛み締めた。
「…だったらなんなんだ。僕も君の考えてることがよくわからない。ちゃんと説明してくれ」
ティーカップは静かに言った。
「…怒ってんじゃなくて、…拗ねてるだけだよ」
トキオは足元に視線を落とした。ティーカップは納得したように横で頷いている。
「あと、…この程度のこととか言うな」
下を向いたまま、トキオは抑えた声で呟いた。
「お前は、俺のことそんなに、…好きじゃねえから、わかんねえのかも知れねえけど…、俺には結構辛ぇんだよ」
言葉を口に出す度に、胸の奥が痛くなる。
「だから、この程度とか、言うな」