294.謝礼

「ただいまー!」
トキオは勢いよくドアを開けて部屋に入った。
ベッドの中で、座って本を読んでいるティーカップは、見たことのないパジャマを着ている。
「何時だと思ってる、静かにしたまえ」
ティーカップは眉を顰めたが、
「そのパジャマ自分で買ってきたのか?」
トキオは荷物をその場に置いて、ベッドに腰掛けた。
「ああ、それより汚れた服でベッドに乗るな」
「すぐ降りるって、これ見てくれ」
トキオはポケットから金の指輪を取り出した。
「ちょっと頼まれごと手伝っただけなんだけど、礼にってあいつがくれたんだよ、あの細工屋が」
ティーカップは指輪をじっと見てから、手にしていた本を閉じた。
「お前に似合うの選んでもらったんだけど、どうだ?」
「…」
ティーカップはトキオの指先から指輪を取って、間近で観察した。
「これを、あのエルフが作ったと言ってたのか?」
「うん」
「…本当だとすれば、まあまあだな」
「そっか!」
トキオは笑顔でベッドを降りた。

シャワーを浴びてパジャマに着替えたトキオが寝室に戻ると、ティーカップは寝転んでいて、ベッドの脇のテーブルに本と指輪が置いてあった。
「指輪、つけてみたか?」
トキオはベッドに入りながら訊いた。
「いいや」
「サイズ合わなかったか?」
「いや」
「気に入らなかったか?」
「…いや」
「んじゃなんで」
「何か特殊な効果が付いてるかも知れないだろう。調べるまでは、迂闊に身につけられない」
「あー…」
また考えてもみなかったことを言われて、トキオは感心と驚きの混ざった声を出した。
「お前って、結構慎重なのな…」
「君が無警戒すぎるだけだ」
「ん、気ぃつける」
トキオはティーカップの肩に腕をまわして、抱き寄せた。
「色んなもん見せてもらった、腕輪とかネックレスとか。ああいうもんって今まであんまり興味なかったけど、お前はどんなの好きかなとか、どれ似合うかなとか考えながら見たら、結構楽しかった」
間近で嬉しそうに話すトキオを見て、ティーカップはにこりともせずに顔ごと目線を逸らした。
「君自身は装飾品に縁がないものな」
「うん、ねえなぁ。シルバーのリングとかもらったことあるけど、あんまりつけなかったし、やっぱエルフの方が似合うんだよな、繊細な細工物ってのは」
言いながら、トキオはティーカップの頬に自分の頬を寄せた。
「…トキオ君」
「ん?」
「なんでそんなにテンションが高いんだね」
「そうか?スケアと話してたせいかな、あいつなんかすげえ勢いあってさ」
「あいにく僕はあまり機嫌が良くない。もう少し落ち着いてくれると有り難いんだがね」
ティーカップは、苦い声に呆れるような溜息を混ぜて言った。

「…」
トキオは唇をきゅっと閉じてから、
「機嫌良くないてのは、…なんで?」
遠慮がちに訊いた。
ティーカップはまた鼻先で溜息をついた。
「自覚もないのか。パートナーの予定を確認せずに他の人物と勝手な約束をして、その上長居してくるというのはどういう神経だ?優先順位を間違ってないか」
じろりと睨まれて、トキオは密着していた体を少し離した。
「…あ、…ーと、…」
丸っきり他意がなかったせいもあって、何も考えずにスケアの所へ行ってしまった。
「ごめん、なんか予定してた…のか…?」
「別に何もないがね、それは結果論だろう。そういう姿勢自体が問題だ」
「…うん…悪かった」
トキオは小さくなった。
-自分は俺の予定なんか関係なしに、ビアスとどっか行っちまうのになー。
などと思ってはみたものの、気持ちの天秤が釣り合わない限り、「お前だって」とは言えない。というより、言っても多分意味がない。

-惚れた方って、立場弱ぇよなぁ…
トキオが消沈していると、
「まぁ、あの指輪に問題がなければ、このマナー違反は水に流さないでもない」
ティーカップはそう言って、トキオの胸に頭を乗せた。
「今後は気をつけたまえ。おやすみ」
「うん…おやすみ」
答えてから、トキオは目を閉じたティーカップの表情をそっと伺った。意外にも穏やかで、全く怒っている風ではない。むしろ口元は少し微笑んでいるようで、何だか満足そうだ。
-指輪、結構気に入ってんのかな。
トキオはテーブルの指輪に目をやって、スケアに感謝した。

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