293.手伝い

スケアの部屋は変わらずエコノミーだった。先に入ったスケアは、
「そのへん適当に座ってくれー」
と言って部屋の隅にしゃがみこみ、置いてあった荷物を触り始めた。
トキオは部屋に顔だけを入れて、中に他の人物がいないか確かめた。
ティーカップに言われたことが気になっているのだ。
部屋に入った途端に何人もの男に囲まれて、何か買うまで帰れない…などという状況を想像してしまったわけだが、他に人の気配はないようだ。トキオは部屋に足を踏み入れた。
-あ、でも、俺の知らない魔法なんかがあって、買うまで足が動かなくなるなんてこともあんのか?
想像をはじめるとキリがない。ちょっとした緊張を保ったままのトキオは、椅子に座る気になれなかった。

スケアはブレスレットとペンチのような工具を手にして立ち上がり、振り向いた。
「なんで立ってんだ?」
「あ、うん」
トキオはおずおずと、小さなテーブルの側の椅子に腰を下ろした。
「手順間違っちまってな、この模様の先っぽんとこ曲げたいだけなんだけど、結構硬くて片手じゃ無理なもんで、でも本体固定するためのもんがなくてどうしようもなくなっちまってまぁまたやっちまったっていうかよくやるんだよこういう失敗」
途中から半ば独り言のように早口で呟いて、スケアはブレスレットをトキオに渡した。
「ま、持っててくれるだけでいいんで、よろしく頼む」
「…」
トキオは両手でブレスレットを包んで、眺めた。厚さ数ミリ、幅10cmほど。白金色の、何らかの金属製だ。細かい植物の模様が立体的に彫刻されていて、模様の隙間はくり抜かれている。金属製の植物のツルで作った腕輪、という感じだ。金属自体はそこそこの硬度があるようだが、踏めばひしゃげてしまいそうなつくりだ。

「ここんとこ俺が掴んで曲げるんで、その間しっかり固定しててもらえるかな」
スケアは片手にペンチのような物を持って、ブレスレットの外周から飛び出るように伸びている、細く尖った部分を数箇所指差した。
「でもこれ、強く持ったら歪まねえか?」
ブレスレットの頼りない手応えを不安に思って、トキオが訊く。
「あー、うん…加減次第かなあ」
「やっぱ駄目だって、ちゃんと専門科の知り合いとかに頼んだ方がいいぞ」
トキオが言うと、
「俺ゃこの街に知り合いも友達もいねえんだよ!!」
スケアはテーブルをビタビタと叩いた。
「そ…そか」
トキオは圧されて頷いた。考えてみれば、そんな相手がいればとっくにそっちに頼んでいるだろう。
「だから、もしこれで上手くいかなくっても別にいいんだよ。鋳潰してもっかい作るだけだ」
「鋳潰すって、溶かしちまうのか?」
「うん」
「もったいねえよ、急いでやらなくても、どっか他の街とかでちゃんと」
「俺ゃせっかちなんだよ!!出来るの先延ばしにするぐらいなら作り直す方がマ、シ!!」
スケアは「マシ」という言葉に合わせて、テーブルをビタ、ビタ、と叩いた。
「そ…そか」
トキオは思った-指先が不器用云々ということ以前に、この男の性格は細工には向いていないんじゃないだろうか、と。

「そういうわけだから、頼むわ」
スケアは軽い調子に戻って、ペンチをカチカチと鳴らした。
「…待て、ちょっと聞いてくれ」
トキオはブレスレットを左手に持ち、制止するように右掌をスケアの目の前に差し出した。
「ん?」
スケアが構えていたペンチを下ろす。
「気ぃ悪くしないで聞いて欲しい」
「なんだ?」
トキオの真剣な顔に、スケアはきょとんとして小首を傾げる。トキオは姿勢を正して、話し始めた。
「俺の、あのー…恋人が、心配症でな。お前のこと話したら、細工モンを売りつける商売人じゃないかって言うんだよ」
「ふんふん。んで?」
スケアは不愉快な顔をするわけでもなく、続きを促した。
「そういう風に考えてみたら、なんでも疑った方がいいかなって気がしてきてさ」
「うん」
「んでほら、こういうのも…わざと壊させて弁償させようとしてるとか、そういう考え方も出来るわけで、な?」
「うん。で?」
「先にしっかり決めときたいんだ、その…これが壊れても俺にはなんの責任もない、っつうの」
「うはっははは」
スケアは思い切り笑った。

「失敗は俺の責任だって言ったろ、頼んどいて弁償なんかさせねえよぉ」
笑うスケアを見て、トキオは肩の力を抜いた。
「ごめんな、なんか感じ悪ぃこと言っちまって」
「いやいや、なんでも慎重なのが一番だよ。世の中色んな奴いるからな。恋人さん、しっかりしてていいじゃねえの」
スケアは頷いて、少し真面目な顔になった。
「こう言っちゃなんだけど、俺があんたから金を取ろうと思えば、もっと他に簡単な方法がいくらでもある。わざわざそんな、まわりくどいことしねえやね」
そこまで言ってまた笑顔に戻ったスケアは、手にしたペンチを振った。
「だから、ま、安心して手伝ってくれ」

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