292.警戒心

「ドワーフに育てられたエルフか…」
迷宮入り口で一区切りついたトキオの話を、ずっと興味深く聞いていたブルーベルが呟いた。
「珍しいよなあ」
トキオが言うと、
「どこまで本当だろうな」
ティーカップが、やや皮肉混じりの声で言った。
「って?」
トキオが素朴に疑問を返す。
「ただの商売上手かも知れないと言ってるんだ」
「え、商売?…どういう意味だよ?」
よくわかっていないトキオの顔を一瞥して、ティーカップは溜息をついた。

「単純で専門知識の少なそうな相手に面白い話をして、親しくなってから二束三文の商品を売りつけるのは、悪質な商売の常套手段だ」
トキオは少し考えて、
「…そういう奴じゃないと思うけどなぁ」
と言った。
「詐欺師が詐欺師の顔で近づいてくるものか」
「でも、別になんも買わされたわけじゃねえし」
「なら、今晩買わせるつもりかも知れないな」
「…ん、まぁ、気はつけるけどよ」
スケアはそんなタイプには思えないのだが、トキオはひとまずそう答えた。
「あのエルフの目利きで何かを買うのもやめておけ」
「なんで?」
「店と組んでいる可能性もある」
「…、うん」
トキオは素直に頷いた。そんなことは考えてもみなかった。
*
探索は滞りなく終わり、5時には地上に戻ってきた。出色のアイテムも特になく、金貨の分配を終えたパーティは酒場で早めの夕食を摂った。

「油断はでけへんけど、10階もええ加減慣れてきたやんなあ。ワードナちゅうのは強いんかな?」
クロックハンドが点心を齧りながら言った。
「ティルトウェイト使うしクリティカルも出すから、運次第だってキャドが言ってた」
ブルーベルが答える。
「同じぐらいの腕のパーティでも、あっさり勝てたって人達もいれば、あっというまに全滅したとか、勝ったのは勝ったけど2人で帰ってきたとか、そんなのも普通にあるらしい」
「ほんまに運任せやな」
「まあ、それを言えば今でも運任せですからね」
イチジョウが野菜炒めをつつく。
「クリティカルを持つ相手とも戦ってるし、ポイズンジャイアントの先制ブレスで全滅する可能性もまだあるからな」
ティーカップが言うと、ヒメマルが頷いた。
「運よく無事にやってきてるってだけだよね~」
皆が話しながらゆったり食事をしているのを眺めながら、トキオはいつもより早いペースで食べている。

6時になる2分前に、スケアがやってきた。食事中のテーブルを見て、
「メシ終わるまで外で待ってるから、ゆっくり食いなよ」
スケアはそう言ったが、
「いや、俺はもう食った」
トキオは立ち上がった。
「そうか、そんじゃとりあえず話聞いてくれよ。外行こうや」
「おう、じゃ!」
トキオはパーティに手を振って、スケアと共に店を出て行った。

「トキオ、なんか楽しそうだね」
ヒメマルが小さめの声で言った。
「ウマが合うてる感じやな」
クロックハンドは桃饅頭で頬を膨らませて、ちらりとティーカップを見た。ヒメマルもブルーベルもイチジョウも、同じようにティーカップを伺っている。
「もう少し警戒心を身につけさせないといけないな」
ティーカップは鼻で軽い息をつき、ステーキにナイフを入れた。
*
「悪ぃんだけど、俺の部屋来てくれるかな」
店を出てすぐにスケアが言った。
「なんでまた?」
「作りかけのもんがあんだけど、1人じゃ上手く仕上げられない部分があってな、そこ手伝って欲しいんだよ、頼む!」
スケアはトキオの右手を両手で握って、上下に振った。
「それってやっぱ細工もんか?」
「そうそう」
「んなの怖くて手伝えねえよ、失敗したらどうすんだよ」
「失敗は俺の責任だから気にしなくていいって、頼むよ、な?な!」
スケアは手を掴んだまま歩き出し、トキオはそのまま引っ張られていった。

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