291.整理

朝10時、酒場に集合したパーティが雑談混じりに朝食を摂っていると、見慣れない男がテーブルに近づいてきた。
ローブ姿のその男は腹の前で手を軽く組み、テーブルの前で礼をしてから、ヒメマルの横に立った。

「ヒメマル様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうですよ~。なんでしょう?」
ヒメマルは笑顔で応える。
「魔術工房マトマからの伝言です。ご注文の服が仕上がりましたので、店舗へお越しくださいとのことです」
そう言って、男は一礼した。
「ああー出来たんだ!2、3日中に行くよ~」
「宜しくお願いします。引き換え券とお代をお忘れなく。それでは失礼致します」
男は営業用スマイルでもう一度礼をして、テーブルから離れて行った。

「前に言うてた、変身するみたいな服?」
ヒメマルの左に座っていたクロックハンドが訊いた。
「そうそう!」
「結構時間かかるもんやねんなあ」
クロックハンドは本当にパジャマにしてしまった白いローブのことを考え、「ええんかなー」と心の中で呟いた。
「まあちょっと特殊な注文だったしね~。今ならお金に余裕あるから良かったよ、楽しみ~!」
ヒメマルは右隣でパンを齧っているブルーベルを見た。
「休みの日に、一緒に工房行かない?」
「…んー」
ブルーベルはパンを飲み込んだ。
「潜りたいけど…工房は興味あるし。行こうかな」
「やった~」
ヒメマルがブルーベルの頬にキスするのを見て、熱い茶を飲んでいたイチジョウは目を細めた。

ササハラと馬車に乗って、工房へ行ったのが昨日のことのようだ。


昨晩久しぶりに1人で寝床に入ったイチジョウは、気持ちの整理に手をつけた。
金は確実に貯まってきている。
このまま猩々をやりすごせたとして、魔方陣でどこへ飛ぶのか。
どこへ行って、何をするのか。
…どうすれば自分の気が済むのか。
イチジョウは、それまでおぼろげだった目標を、はっきりと固めた。

-探そう。

ササハラを探し出してどうしたいのかは、自分にもわからない。
が、彼に会わなければ心にしこりが残って、何も始められないような気がするのだ。
バベルに聞けば、行き先まではわからなくとも、ヒントぐらいは得られるかも知れない。
もしそれが無理なら、工房で尋ねて、魔術の栄えている大きな街へ飛ぶ。
この辺りでは捜索に関する術はあまり発展していないが、そういう街なら人を探す術に長けている者もいるだろう。
「見つけるさ」
呟くと、心を覆っていた暗い霧が晴れたような気がして、静かに眠ることが出来た。


これまではササハラのことを思い起こすような言葉を聞くと胸が苦しくなるばかりだったが、今は小さな痛みと共に慕情が湧く。会うのだ、という思いが強くなる。
イチジョウは口元を綻ばせて、茶を飲み干した。
*
パーティが食事を終え、店を出て少し歩いた時に、
「おおいトキオー!」
後ろから呼ぶ声がして、メンバー全員が振り返った。
「おぉスケア、なんだ?」
駆け寄ってきたスケアに、トキオが応える。
「今から狩りか?」
「うん」
「何時ごろ戻る?」
「んーと、遅くても6時ぐらいには戻ってんじゃないかな」
「そんぐらいに酒場いるか?」
「うん、多分な。なんでだ?」
「ちょっと頼みたいことあんだ、いいかな」
「そりゃ、俺が出来ることなら」
「サンキュ、んじゃ6時頃に酒場行くわ」
「うん、あ、見当たらなかったら掲示板使ってくれ」
「わかった」
スケアはパーティに向かって軽く頭を下げて、酒場に入って行った。

「誰?」
クロックハンドがトキオを見上げる。
「昨日知り合った細工屋」
「エルフで細工屋?」
ブルーベルが首を傾げる。
「ちょっと変わりもんなんだよ」
トキオは街外れまでの道すがら、スケアのことをメンバーに話した。

Back Next
entrance