289.寝相

小さな酒場でのスケアとの時間は、実に有意義だった。

スケアは赤ん坊の時にドワーフに拾われ、育てられた細工職人で、細工修行をしながら転々と旅をしてこの街にたどり着いたそうだ。
スケアクロウという一風変わった名前は本名で、案山子の下に捨てられていたからそう呼ばれているうちに、定着してしまったのだという。

「いい指してるなあ」
話の合間に、スケアは度々トキオの太い指を褒めた。
エルフのかたち良い指先は、細工には向いていないらしい。
スケアはドワーフの太くて短い指に、…というより、ドワーフの全てに強い憧れを持っているようで、彼らへの惜しみない賛辞を何度も口にしていた。

地下での探索をしているかと訊くと、戦闘する知識や技術はまるでなく、逃走するための方法や魔法だけ知っている、という答えが返ってきた。
この辺りでは使われていないような魔法も勉強したが、それらの一部はこの土地では使えないようだとか-
そんな話を興味深く聞いていたトキオがスケアと別れて店を出た時には、午後11時を過ぎていた。

遅くなったが、面白い話が色々聞けた。ティーカップにも話したい。トキオは早足で宿まで戻った。
*
「ただいま~」
部屋のドアを開けて荷物を置き、寝室を覗いたトキオの目に、ティーカップのあられもない寝姿が飛び込んできた。
全裸で仰向け、両腕は頭上の枕に絡み、シーツは無防備に投げ出された足の右脛にひっかかっているだけだ。
「パジャマ着ろっつってんのによぉ」
呟きながらシーツを引っ張り上げ、肩にかけてやると、ティーカップはうっすらと目を開けた。
「パジャマをな、」
言いかけたトキオの頬に、ティーカップの掌が当てられた。
「どこに行ってた…」
ティーカップは半分寝ているような声で言った。
「、あ…、買い物先で会った奴と、話し込んじまって」
トキオの頬が、じわじわとティーカップの掌より熱くなっていく。
答えを聞いているのかいないのか、ティーカップはそのまますうっと目を閉じた。
トキオは、力が抜けて落ちそうになったティーカップの腕を優しく握り取って、シーツの中に仕舞いこんだ。


-俺がどこ行ってたとかって、あいつも気にしてくれてんのかなあ。
頭のてっぺんから強いシャワーを浴びながら、トキオは考えた。
-なんか寝惚けてたっぽいけど、だからこそ出た素直な言葉かも知れねえし。
トキオはさっき触れられた頬を撫でた。顔がにやける。
-実は俺って、かなり幸せなんじゃねえの?
シャワーを止め、額から後頭部まで両手を滑らせて、水気を切った。

タオルで頭をがしがしと擦りながらバスルームを出て、寝室を覗いてみた。
「なぁんでだよ」
思わず声が漏れた。ティーカップは帰ってきた時と同じような格好に戻っている。
トキオは手早く髪を乾かしてパジャマを着ると、ベッドの端に丸まっているティーカップのパジャマを手に取った。
-そっか、こいつの一着しかねえんだ。
何日か着ていて、気持ち悪くなったのかも知れない。パジャマはすっかり柔らかくなっている。
ティーカップのパジャマをテーブル用の椅子の上に投げて、トキオもベッドに入った。

「風邪ひくぞ」
トキオは小さく言って、ティーカップを抱き寄せた。
肩までシーツで包んでやって、ひと息つく。腕の中がティーカップの体温でいっぱいだ。
-…、うん、やっぱ幸せだな。
好きな相手と一緒にいるという基本的な歓びを噛みしめる。
トキオは、すぐ横にあるティーカップの寝顔を見た。
穏やかに弛緩していて、薄めの唇がほんの少し開いている。
起きている時の表情と比較して、トキオは思わず笑みをもらした。
-無防備だよなぁ…
トキオはティーカップの頬にそっと触れて、唇に軽くキスをした。

-うし、デートコースでも考えるか!
トキオは天井とにらめっこしながら、休日の予定を練りはじめた。
-買い物が一番簡単だけど、あんま買い物して持ち物増えるのもなあ。娯楽施設もこれってもんはないし…。ってか、どんなデートが好きなんだろな。よく考えたら俺、こいつの趣味とか好きなこととか、ちゃんと聞いたことねえや。
トキオはティーカップをちらりと見た。
-そんなんでヤる気だけ先走ってたら、断られて当たり前か。
今までトキオは、ちょっと気に入った→寝た→付き合った、という順序でしかパートナーを作ったことがなかった。
しかも全て短期的な関係ばかりで、気持ちの擦り合わせを疎かにしてきたと思う。
-決めた、ゆっくり話せるとこ行こう。
トキオは目を閉じた。

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