286.ドワーフの店

二戦終えて次の玄室へ向かう途中で、
「今日はえらい力入っとるね」
クロックハンドがトキオに言った。
「俺の動き、硬いか?」
「いやいや、そやなくて。気合入っとるっちゅうか、力強い感じするで」
「思いっきり身体動かしたいんだよ」
「体力は残しとかなあかんやん」
クロックハンドがトキオに寄って、意味深な小声で言った。
「残ってちゃ困るんだよ」
トキオも小声で返す。
「なんでえな」
「まだその、…そこまでさせてもらえてねんだよ」
「うっそやん!同じ部屋泊まってるんちゃうん?」
「泊まってるけど」
「きっつぅー、よう我慢出来るなあ」
「出来ねえよ、だから身体動かしてんだよ」
「なるほどなぁー」
扉の前まで来て、トキオはパーティを振り返った。
「準備OKか?」
全員の手が上がるのを確認して、
「開けるぞ」
トキオは扉を開いた。

数体のマーフィーズゴーストがゆらりと現れた奥に、小柄な悪魔の姿を確認した途端、
「フラックいただきじゃあー!」
クロックハンドがすっとんで行った。
石化させられて以来、フラックにはクロックハンドが初手を叩き込むのが習慣になっている。
一撃でフラックの首を吹き飛ばすと、クロックハンドは残ったマーフィー達も片っ端からボコボコにし始めた。
「クロック、めちゃくちゃ元気だね…」
ヒメマルが呟く。
「頼もしいですねえ」
イチジョウが言うと、ブルーベルも頷いた。
*
分配、夕食といつものコースでパーティが解散すると、トキオは1人で街中へ向かった。
作ってみたいものがあるのだ。
まず服屋をまわってから、様々な材料を扱う商店の通りまで行って、必要な買い物を済ませた。

最後の店を出ると、正面の建物の看板が目に入った。
書いてある文字を見るに、ドワーフの経営する細工物や装飾品の店のようだ。
ティーカップの首飾りの修理を、頼めるかも知れない。
トキオは質素で重い扉を押して、店に入った。

店内は狭くも広くもなく、ほどほどに明るい。商品は壁や棚に綺麗に並べられていた。
客は2人いて、熱心に品物を見ている。
奥にあるカウンターは作業場も兼ねているようで、中でドワーフの男が黙々と手を動かしている。
トキオは荷物を持ちなおして、カウンターに歩み寄った。
「すみません、細工物の修理は、お願いできますか?」
トキオが言うと、ドワーフは目だけを上げた。
「見てみにゃわからんな」
ぶっきらぼうに言うと、ドワーフはまた作業に戻った。
「今度、持ってきます」
トキオが小さく頭を下げると、ドワーフは手元を見たままで頷いた。

カウンターから離れて、商品を眺めてみた。
どれもが繊細で美しく、まさに宝物という感じがする。
いつかティーカップにプレゼントしたいが、好みがわからない。
-どれつけても似合うと思うけど、こういうのは本人に選んでもらうのが一番だよなあ。
贈るからには、気に入ってもらいたい。
「プレゼントすんの?」
不意に言われて、トキオは声のした方を向いた。
先に店にいた客の1人だ。
黒い髪のエルフの青年なのだが、エルフらしからぬ、かなりラフな服を着ている。
「あ、うん」
返事をしてから、トキオはこの青年に見覚えがあるような気がして、頭の端で記憶を辿った。
「こんないいもん貰える奴は、幸せだよなあ」
青年は、やはりエルフらしくない人懐っこい笑顔で言う。
トキオも思わず柔らかく笑って、青年が摘んでいる値札を見た。
気が遠くなった。

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