279.愚問
一緒にシャワーを浴びようというティーカップの誘いを断って、トキオはその場に腰を下ろしていた。軽く触れただけのキスなのに、頭に血が上りきっている。このままバスルームに入ると、冗談抜きで鼻血ぐらい出して倒れてしまいまそうだ。
-はぁ…なんか…実感わかね…
トキオは落ち着きなく、抱えた両膝を掌でさすったり、熱い頬を押さえたりしている。
-これもからかわれてる、なんてことないよなあ…?
手の甲をつまんでみる。
-夢じゃねえみたいだし…
「なんでそんな所に座ってるんだ」
バスルームから出てきたティーカップが、元の場所から全く動いていないトキオを認めて笑った。
「ぃや、別に」
意味のない答えを返して、トキオは立ち上がった。
「お先に」
ティーカップはバスローブを簡単に羽織り、首にタオルを巻いただけの格好で寝室の方へ移動した。
トキオは思い出したようにブーツの紐をほどき始めた。
*
髪を乾かしきってパジャマに着替え、寝室に入ると、ティーカップはもうベッドに入っていた。トキオはおずおずとティーカップの隣にもぐりこんだ。
口元までシーツを引っ張り上げて天井を見上げていると、トキオの胸にティーカップの掌が当てられた。
数秒して、
「なんでそんなに緊張してるんだ」
笑いを含んだ声がした。
「っ、だってよ」
トキオはティーカップの方を向いた。
「ちゃんとつきあってるって確認してから一緒に寝んの、初めてだし…」
弁明する頬が赤くなる。
「まさか恋人を作るのが初めてというわけじゃないだろう?いつもそうなのか?」
ティーカップは笑っている。
「じゃないけど、でも、」
目の前で笑いの余韻を残すティーカップに見つめられて、また少し顔が熱くなる。
「なんでかな…」
胸に手を当ててみると、強い鼓動が伝わってきた。初めて付き合った相手と寝た時ですら、こんなに緊張した記憶はない。
「あ…あのな、ちょっと質問があんだけど」
言いながら、トキオはまた天井を向いた。
「うん?」
「告られた側って、ある程度以上は相手のこと、その、…好きだから、付き合うんだよな」
シャワーを浴びながら考えていたことだ。
「…まあ、そうだな」
「…んじゃー…」
トキオは目の下までシーツを持ち上げて、目だけでそろりとティーカップを見た。
「お前の、好きのレベルは、どんぐらい…?」
「…レベル?」
ティーカップが怪訝な声を出す。
「えっと…、『とりあえず付き合ってみるか』ってのが一番下で、『実はすげえ好きで、相思相愛』ってのが一番上、としたら、お前の気持ちはどのへんなのかなーっと…思って」
「それを聞いてどうするんだ」
ティーカップの冷ややかな視線が頬に当たって痛い。
「…や、どうもしねえけど、知りたいなーと…思って…」
トキオはシーツを額まで持ち上げた。
「愚問にもほどがある」
シーツごしに厳しい声が飛んできた。
「相手の気持ちの度合いに関わらず、常に愛情と誠意を注ぎ続け、怠らないのが恋というものだ。答えて欲しいというのなら答えてやるが、」
ティーカップはトキオが被ったシーツを掴んで、首までひきずり下ろした。
「一番下だ。精進したまえ」
「ハイ…」
トキオは小さく返事をした。
「寝るぞ。おやすみ」
ティーカップはトキオの腰に腕を回し、胸に頭を預けてきた。
「お、おやすみ…」
何度もこうやって抱き枕にされてきたのに、トキオの心臓はまた派手に音を立て始めた。
そっと表情を窺ってみると、ティーカップはもう長い睫毛を伏せている。
-ふー…
トキオは息を吐いて、無意識に入っていた身体の力を抜いた。
-…今まで、誰か好きんなったら、付き合って寝るまでが勝負とか思ってたけど…。マジで好きな相手だと、付き合ってからもずっと気ぃ抜けねえもんなんだなあ…
なかなか収まらない鼓動を全身で感じながら、トキオも目を閉じた。