268.価値観
トキオは自分の両掌で押し上げられた頬の間で、険しい表情をしている。-怒っとるっちゅうより、拗ねとるね…。
ちょっと可哀想だが、ちょっと面白い。クロックハンドは、にやつきそうになる顔を意識して抑えた。
「持っていっていいか?」
背中からティーカップの声がして、伸びてきた手が分配された金貨の袋をひょいと持ち上げた。
「どうぞー」
ヒメマルが言うと、
「お先に失礼する」
ティーカップは椅子につくこともなく、お疲れ様コールを背に浴びながら酒場を後にした。
「駄目だぁ」
トキオは肘を崩して、テーブルにべたりと突っ伏した。
「ど、どしたの?」
驚いてヒメマルが訊く。
「俺ガキだ、無理だ…」
トキオはつぶれたまま言った。
「ティーのことですか?」
イチジョウがトキオの腕を優しく叩く。
「うんー…」
テーブルにぐりぐりと額を当てて、トキオが肩で溜息をつく。
「なんであいつとメシ食いに行けるんだろ…」
「そんなのティーの自由だろ、リーダーとつきあってるわけでもなし」
ブルーベルに睨むように言われて、トキオの動きが止まった。
「…つきあってくれるっつった…」
「そうなのー!?」
「それはそれは」
「へえ」
-あっというまに自分で言うとるがな。
四者四様の反応を受けて、トキオはやっと顔を上げた。
「先に言ってくださいよ、それならお祝いしないと」
イチジョウが手を上げてウェイターを呼ぶ。
「いつからつきあってたの?あ、俺はマティーニね」
イチジョウの横からヒメマルが言う。
「俺ビール」
「俺はワイン」
クロックハンドとブルーベルに続いて、
「俺もビール…」
トキオも注文した。
「告ったのは昨日の夜なんだけど」
トキオは俯き加減で言った。
「夜かぁ~」
ヒメマルが意味ありげに手で口元を覆う。トキオは否定するように手を振った。
「夜つっても、なんも…そういうことしたわけじゃねえし、…恋人らしい話とか全然してねえし」
トキオは続けて出そうになる愚痴を飲み込んだ。
「とにかく、付き合ってる奴が他の男と2人っきりでどうこうっての、すげえ駄目なんだ、俺」
「独占欲強いって言ってたもんね~」
「相手が相手やし、心配やわな」
ヒメマルとクロックハンドがうんうんと首を振る。
「ティーに、そういうのが苦手だってことは言いましたか?」
イチジョウが訊く。
「それは…」
トキオは言い淀んだ。そういうことは伝えていない。ただ止めただけだ。
「言わないと」
「…うん」
トキオは素直に頷いた。
「悶々としとるより、はっきり言うたほうが良さそうやわな」
クロックハンドが届いた飲み物をそれぞれの前に配る。
「まぁ、とりあえずは、おめでとうってことで、ね」
ヒメマルに続いて、3人がグラスを上げる。トキオも力なくジョッキを持ち上げて、テーブルに軽い音が響いた。
「でも、そういう価値観の違いはどうしようもないよ。どっちかが慣れるか我慢するしかない」
ワインで唇を濡らしたブルーベルが言う。
「トキオがなんぼ嫌やて言うても、ティーは聞いてくれそうにないっぽいもんなあ。こっちが変わるしかないかー」
「…、きつい…」
トキオはジョッキを両手で掴み、ビールと一緒に溜息を飲み下した。