267.先約

「…あの…一応、ふられてねえんだけど」
トキオが言うと、クロックハンドはアヒル顔になった。
「え」
「付き合ってくれるって…」
トキオは小さい声を更に小さくした。
「えええー、ほなおめでとうやんか、お祝いしようやあ!」
「や、あの」
トキオは力のない表情で、
「まだ自信ねえから…」
口元に人差し指を立てた。
「なんのこっちゃいな。付き合ってんのやろ?」
「…のはず、なんだけど」
「ふんん?」
「すぐにふられるかも知れねえから…」
「いーまーかーらーそんなこと言うててどうすんのなぁあ」
クロックハンドの声はあくまでも小さいままだが、顔の半分が口になっている。
「そうなんだけどよ~」
我ながら情けないことを言っていると思う。トキオは小さく首を振った。

「分配終わっても20時までは時間あるけど、食事どうする?」
「ベルは送別会出るでしょ。俺も混ざっちゃっていいかな~」
「いいんじゃないの」
後ろでブルーベルとヒメマルが話している。
「あ、お前は送別会、出るか?」
トキオもティーカップに言ってみた。
「いや」
ティーカップは淡白な返事をした。
「でもよ、助けてもらったようなことあったし、いっぺんは組んだわけだし、」
「先約がある」
「…って、晩飯の先約か?」
「ああ」
「…誰と」
「ビアスと」
「ちょっと待て」
トキオはティーカップの手首を取って、立ち止まらせた。他の4人も思わず足を止める。
ティーカップを押すようにしてその場から少し離れ、トキオはクロックハンドに手を振った。
「先、行ってくれ」
「いこか~」
クロックハンドの声と目配せを受け取って、他のメンバー達は歩き始めた。

「何なんだ」
ティーカップが眉を寄せる。
「ビアスと2人っきりでメシ食うのか?」
「そうだ」
「飯に何か入れられたらどうすんだ」
「何かとは?」
「…睡眠薬とかよ」
「考えすぎだ」
ティーカップは呆れたような声を出す。
「お前は考えなさすぎだろ。いっぺんあんなことされたのに、なんでもっと警戒しねえんだよ」
「しなくていいと感じてるからだ」
「だからなんでそう、」
「君より僕の方がビアスを知ってる」
「…」
トキオの腹の底で煮えていた気持ちが、首元まで上がってきた。
「とにかく友人と食事するだけだ。君にとやかく言われる筋合いはない」
「ただのダチならそりゃ俺だって、」
「ただの友人だ」
ティーカップはそう言い切り、トキオの手をほどいた。
*
ヒメマルが小分けにした金貨を6つの袋に詰めていく。その横でクロックハンドはピーナッツを齧っている。
-他の男と飯かあ。俺も平気で行く方やけど、トキオは心配やろなあ。
一応口止めされていたので、他のメンバーには2人が付き合い始めたとは言っていない。
-すぐにバレるやろけど。
酒場の入り口に、ティーカップとトキオが見えた。
クロックハンドが手を上げると、トキオだけが近づいてきた。ティーカップはパーティのテーブルを一瞥してから、店の奥へ向かった。
目で追ってみると、ティーカップは掲示板を眺めて何かを探しているようだ。
-なに見てるんやろ。
テーブルに向き直ると、頬杖をついてむくれているトキオが正面に座っていた。

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