266.星の数
「いい加減にしろ」隣に座ったティーカップが小さな声でそう言ったのは、三戦ほど軽くこなして休憩している時だった。
「…え?」
トキオは緊張した。
ティーカップは自身の足元に視線を置いているが、声の大きさからしても、隣にいる自分に向けられた言葉なのは間違いなさそうだ。他の4人は、戦利品をネタに雑談している。
「盾になれる職業でもないのに、カバーに入ろうとするな」
ティーカップは淡々と続ける。
「あ…」
自分でも気付いていたことだ。ティーカップが攻撃を受けそうになると、トキオはどうしてもフォローしに行ってしまう。
「戦士ん時の癖が抜けねえんだ…」
「君が戦士であろうと同じことだ。元より防御が不得手なのに、身に釣り合わない騎士道精神を発揮するな」
「…うん…」
トキオは俯いて、膝を抱えた。
「…でもな、やっぱ、」
頬が熱くなる。
「す…好きな奴が攻撃受けそうになってんの見たら、反射的に動いちまうっていうか」
「僕のことを好きなら、尚更そういうことはやめろ」
「…な…、なんで?」
「僕には僕のリズムがある。そこへ君が割り込むと、パターンが崩れてやりづらい。こちらの動きが無駄になるし怪我の元だ。僕のことを想うなら、余計なことはするな」
「…そっか…。そうだな…。気をつける…」
「そうしてくれ」
ティーカップは静かに言い終えると、
「僕もヒメマルが着るのに賛成だ」
4人の話に入った。
トキオと会話しながら、そちらの話も聞いていたらしい。
「トキオもそれでいい~?」
ヒメマルに言われて、トキオは、
「えと、何が?」
と問い返した。
「さっきの戦利品の中に悪の鎧があったんだけど、装備するのは俺でいいのかなーって」
「あ…、うん、いいんじゃねえの」
「んじゃ早速~!」
ヒメマルはその場で装着を始めた。
トキオは座ったまま指を組んで、深呼吸した。一瞬へこみそうになったが、ティーカップの言ったことは明らかに正しい。
-意識して治さなきゃな。
トキオは自分にそう言い聞かせて、目を閉じ、深く頷いた。
ヒメマルが装備を終えたのを合図に、パーティは探索を再開した。
*
悪の鎧の入手と、前衛になったトキオにとって初めてのグレーターデーモン戦があったこと以外は、特筆するような戦果も問題もなかった。そのグレーターデーモンも1体で、トキオ、ティーカップ、クロックハンドと前衛3人の動きが噛み合って、あっさりと倒せた。
「トキオは忍者向いとるね」
ギルガメッシュへ戻る途中で、クロックハンドがそんなことを言った。
「え…そうか?どのへんが?」
トキオは嬉しさを頬に浮かべて返す。
「前に出る時とか、引く時、あんま迷ってへんやろ」
「…うん、そうだな」
戦闘している時の判断の仕方を頭の中でなぞってみて、トキオは頷いた。
「忍者は迷った時が死ぬ時やて、ミカヅキが言うてた。俺もそう思うわ」
「だな」
身ひとつで戦っているとそれはしみじみ感じる。鎧をつけていた時には、少しぐらい攻撃を受けても構わないという甘えがあったが、忍者にそんな考えは一切許されない。
「正直、トキオが忍者っちゅうのは心配やったんやけど、大丈夫そうやなあ」
「なんで心配だったんだよ~」
トキオが口を尖らせる。
「トキオ、恋愛系の判断おっそいねんもん」
「…う」
「言い訳考えてんと、早う告ってまいやー」
「…いゃ…」
トキオは右手を歩いているティーカップをちらりと見て、
「告った…」
小声でクロックハンドに言った。
クロックハンドは大きな声を出しそうになって、一度言葉をかみ殺してから、
「うそやん!マジで!?」
トキオに小さく訊いた。
「うん…」
クロックハンドはトキオの表情を眺め、首を伸ばしてトキオごしにティーカップを観察してから、
「…まあ、男は星の数ほどおるから。一回二回ふられたぐらいでめげたらあかんで…な」
と、トキオの肩を叩いた。