262.小声
勢いよくドアを開けたトキオが部屋を見回すと、ティーカップは椅子に座って鎧の手入れをしていた。トキオはほっと息をついて、濡れた髪から滴を落としながら急いでバスルームへ向かった。
熱いシャワーが気持ちいい。
大粒の雨と一緒に雷が激しく鳴り始めたので、慌てて帰ってきたのだ。
-部屋ん中なら平気みたいだな。
体と顔を手早く洗って、頭に洗髪剤をぶちまける。
-もし振られちまっても、雷が鳴る度に気になっちまうんだろうなあ…。
泡立った髪をこそぐように後ろへなでつけて、トキオはシャワーを握った。
-…思いっきり落ち込むかも知れねえけど、永遠じゃないもんな。そのうち新しい出会いだってあるだろうし。
告白の方法をほとんど決めてからは、振られた場合の心の準備ばかりしている。
-いっぺんちゃんと告白が出来たら、これから先、もっと恋愛に積極的になれる。うん。
何度も考えたことをまた繰り返して、トキオは自分の腕や身体を眺めた。
-上っ面は一人前になってきてんだ。中身も成長すんぞ。
トキオは大きく息を吸い、ふぅっと吐いてシャワーを全開にした。
*
髪を乾かして部屋に入ると、ティーカップはまだ装備品の手入れを続けていた。-…同室ってのも、今日で最後かも知れねんだよな…
同じ部屋に泊まるようになっても、ゆっくりと話をしたことはない。シャワーを浴びた後は、大した会話もしないうちにティーカップが寝てしまうのだ。
トキオはティーカップの正面に一度座ったが、
「…っと」
すぐに腰を浮かした。
「俺ちょっと飲むけど、お前もなんかいるか?」
ティーカップはトキオの方を見もせず、黙々と剣を磨いている。
「…いらねっか…」
トキオは席を立ち、貯蔵庫に入れておいたビールを持って戻ってきた。
椅子に座ってテーブルに瓶を置くと、ティーカップが顔を上げた。
トキオのビールをしばらく見つめていたティーカップは、
「君は」
言いかけて、剣とウェスをテーブルに置いた。
「…ん?」
トキオが少し緊張しながら続きを待っていると、ティーカップは自分の耳に指を突っ込んで、何かを引っ張り出した。
「…忘れてた」
独り言のように呟いて、ティーカップは手に取ったもの-耳栓を、剣の横に置いた。
「今までに何か話しかけたか?」
「…うん」
「聞いてなかった」
「みてえだな…」
大きくはじけるような雷の音が、部屋の中に響いた。
ティーカップが眉を顰めて耳を塞ぐ。
「…なんか飲むか?取ってくるぞ」
トキオは雷音の余韻を打ち消すように、大きめの声で訊いた。
「あぁ、僕にもビールを」
耳から手を離して、ティーカップが答える。
「ん」
トキオは立ち上がって、
「それ、つけとけよ」
自分の耳をトントンと指しながら言った。
ティーカップはトキオからビールを受け取ると、一緒に渡されたグラスには注がず、瓶に直接口をつけて飲み始めた。
-上品なとこと豪快なとこがあんだよなー。
トキオは片肘をついて、作業を再開したティーカップの手元を眺めた。
「そういうギャップも好きなんだよなぁ」
小声で呟いてみる。
耳栓をしているとこのぐらいの声では聞こえないようで、ティーカップは鞘の手入れに集中している。
トキオは自分の荷物から薄手の手袋を取り出すと、ティーカップの視界に入るように差し出した。
顔を上げたティーカップに向かって、手袋をつけるジェスチャーをしてみせる。
ティーカップは「おせっかいだな」と言わんばかりに小さく笑って、素直に手袋をはめた。
また下を向いたのを見計らって、トキオは
「やっぱ笑ってる顔が一番いいな」
さっきより小さな声で言ってみた。
ティーカップは鞘の装飾の細かい部分を真剣に掃除している。
-こんぐらい簡単に言えりゃいいんだけどなあ。
トキオは頬杖をつき、鼻と口元を両手で隠して呟いてみた。
「お前が好きだー」
「それはどうも」
「ぅえ!?」
トキオは一瞬固まって、
次にどっと赤くなった。
「…み、耳栓は?」
「まだつけてない」
「…そ… そか…」
心臓がばくばく音をたてている。
「トキオ君」
「、ぅ?」
「好意を示す言葉は大きな声で言いたまえ」
「…そ… っだな…」
トキオは赤くなったまま手元に瓶を抱え込んで、俯いた。