261.案

円形土砦跡に来るのは久しぶりだ。人気のない場所を探して、腰を下ろす。
出来るだけ早く部屋に戻りたいが、やはり一人でなければきちんと考えをまとめられそうにない。
-ふー…。
トキオは空を見上げた。雲が厚い。
-明日は雨かも知れねえなー。
野外で告白しようと思っていたのだが、雨ならまた考え直さなければならない。
-晩飯の時、他の店に連れ出すってのもありかもな。そんで食後のデザートの時とかに…あぁ、でも雨降ってんなら移動したがらねえかもなあ…
トキオはごろりと転がって、雲を睨んだ。
-でもそんなこと言ってる場合じゃねえし。ついてきてもらうしかねえよな。
胸に手を当ててみる。想像しただけで鼓動が強くなっている。
-言葉は、簡潔にはっきりと。余計なこと言わずに、伝えたいことだけ言う。
トキオは目を閉じた。
-好きだ。つきあって欲しい。
-…それさえちゃんと言えりゃいい。
*
酒場に入ると、すぐにヒメマルとブルーベルが目に入った。カイルも同席している。
手を振ってきたヒメマルに笑顔で軽く振り返して、イチジョウは掲示板へ向かった。
貼られている募集や伝言を端から見ていくうちに、

<こないだ大変だったから、今日は食事しやすい格好で来たよ。上から下まで、君の好きな色の服だからね>

というメモが目を引いた。
-これか…?
イチジョウは掲示板から離れて、藍色の服を探した。何人か見つかったが、一番軽装のフードつきローブを着た魔法使いらしき男の側へ歩み寄ってみた。
「失礼。赤い服は好きですか?」
フードの横でそう訊くと、男は振り返らずに頷いた。
イチジョウは隣に座ってビールを注文した。
「わかりづらいかと思ったけど、伝わってよかった」
正面を向いたまま、ノリチカが言う。
「ああ、見逃しそうだった」
すぐに運ばれてきたビールを受け取ったイチジョウは、ひと口つけて、すぐにジョッキを下ろした。
-こんな手のかかる会い方すら、演技の一環なのか?
胃が少し重くなる。

「…ひとつ、手を思いついた」
イチジョウが切り出した。
「なんだ?」
「この街には腕の立つ者が多い」
「そうだな」
「大人数の手錬れを雇って、戦うのはどうだ」
「逃げずに正面から行くのか」
「逃げても追いかけてこられたら同じだ」
「確かに」
ノリチカは頷き、手元のソーセージをフォークで刺して口に運んだ。
「結構な人数が必要かも知れないが、逃げるためだけの魔方陣に大金を使うより、雇うために使った方がいいだろう」
イチジョウが言うと、ノリチカは少し考え込んだ。
「…どうした?」
「追ってこられないようにするということは、彼らを全て殺すということか?」
「そうなるな」
「それはちょっと…、乱暴じゃないか」
「殺すのが問題なら、戦闘の出来ない体にしてもいい」
ノリチカは驚いて、イチジョウの顔を見た。
兄の頬と目元には濃い影が落ちている。明らかに疲れが見て取れたが、目の光は落ち着いていた。

「…兄者、相手は人なんだぞ」
ノリチカは声を押し殺すようにして言った。
「だからなんだ」
「地下で怪物と戦っているうちに感覚が麻痺したのかも知れないが、何人もの人間をそんな目に遭わせるのがどれだけ残酷なことか、よく考えてくれ」
「嫌なら追うのをやめればいいだけだ」
「兄者…」
「集団同士でやるつもりはない」
イチジョウは指を組んで、顎を乗せた。
「1人ずつ片付ける。それなら犠牲者が少ないうちに引くことも考えるだろう」
「でも…、猩々を見つけられるのか?あいつらは潜伏するのが得意だし」
「魔術や占術に長けた連中に頼めばなんとでもなる」
「…」
「気乗りしないならお前は何もしなくていい」
イチジョウは立ち上がると、そのまま店を出た。

雨が降り始めている。

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