259.慣れ

朝のテーブルでカイルと合流すると、パーティは早速地下へ向かった。
「カイルってイチジョウと特別親しいの?」
後ろでヒメマルが訊いている。
「…いや…、別に。」
カイルは言葉少なに返す。
「なんで気にしてたの?」
「…」
カイルはしばらく静かに視線を落としてから、口を開いた。
「私は恋愛とはあまり縁のない人間だが」
もう一度口をつぐんで、カイルは僅かに首を振った。
「悲恋は好きじゃない」
ヒメマルは言葉の意味を汲み取ろうとカイルの横顔を見たが、もとより感情を表に出さない男である。状況を全く理解できないまま、ヒメマルはそれ以上の質問をひっこめた。
-なんのこっちゃわからんな。
前衛から聞き耳を立てていたクロックハンドも首を捻る。

こんな時はクロックハンド同様、そっと聞いていることの多いトキオだが、今、彼の頭の中に人の声が入ってくる余地はなかった。
昨晩あたりから、流石に我慢がきかなくなってきた。
一緒に眠れるだけで充分だという思いは嘘ではないのだが、現実に毎晩肌を感じながら、それだけで満足出来るほどの悟りの域には達していない。
どうしても寝顔にキスしたくなったり、色々と逞しい想像を働かせた挙句トイレに篭るようなことになってしまう。
-このままじゃ、そのうちなんか しでかしちまう。
勢いで手を出すようなことは絶対したくない。
-ぐだぐだ考えてないで、もう…告らなきゃ駄目だよな。
昨晩から今まで、ずっとそのことばかり考えていた。
どんな方法で告白するかは、何度も何度もシミュレーションしてきた。今日のトキオは、山ほどの候補の中から一番いい言葉と場所を選び出すことで頭がいっぱいだ。
-あー、まとまんね…
地下を歩きながらまとめられるはずがない。とはいえ、部屋に戻ればティーカップと2人になるから、もっとまとめられない。
-今晩、ちょっと外に出っかなあ…、ティーカップを部屋で一人にはしたくねえんだけど…
エレベータが見えてきた。トキオはひとつ大きな深呼吸をして、気持ちを切り替えた。
*
ウィスプ、ポイズンジャイアント、フロストジャイアントと調子よく戦闘を進めて、パーティは一度キャンプを張った。
「もう随分慣れてきているんだな」
カイルが言う。
「10階に降りるようになって結構経つからね~」
ヒメマルの後に、ティーカップが呟いた。
「いつまで経っても慣れてくれないのは1人だけだ」
「…」
ティーカップの視線がトキオに向けられているのに気付いて、カイルは微かに笑った。
「俺か!?ちゃんと戦ってるだろ!?」
トキオが慌てる。
「宝箱や、宝箱」
クロックハンドが手を振り振りトキオに言った。
「…そりゃ、その、まだ、経験不足つうか…」
声とともにトキオが小さくなる。
「まぁ、慣れないほうがいいこともある」
カイルが言った。
「10階で全滅するのは、初めてのパーティより慣れたパーティのほうが多いのだしな」
「だろうな」
ティーカップが頷く。
「…そうだよな」
トキオは両手の指を組んで気持ちを引き締めた。シキも、慣れた頃が一番危ないと言っていた。
「…はぁ」
溜息をついたヒメマルの顔色が悪い。
「安心しろ、私よりバベルのほうが確実に回収してくれる」
カイルが微妙な慰め方をする。
「でもさぁ、回収してもらっていざ蘇生しようとしたら、心臓がモンスターに食べられててありませんでしたぁーとか、ありえるわけじゃない」
「うっは」
トキオが思わず胸に手を当てる。
「縁起でもないこと言うなよ、馬鹿」
「あぅっ」
ブルーベルが鑑定していた短剣の柄でヒメマルの尻を突いた。
「そうならん為にも、気ぃ張っていかんとね」
クロックハンドが元気よく屈伸する。
「そういうことだ」
そう言ったティーカップが手入れしていた剣を鞘に収める姿に見蕩れながら、トキオは大きく頷いた。

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