258.俺じゃない
「最近、恋愛について色々と考えてるんだけど」ミカヅキは真剣な顔で切り出した。
「あんまり考えてどうこうっちゅうもんやないと思うけどなあ」
そう言って、クロックハンドはエールを飲む。
「うん」
ミカヅキは神妙に頷いた。
「でも今までは全く取り組んだことがなかったから、ある程度力を入れて考えてみようと思ったんだ」
「お前らしいなあ」
クロックハンドはカシューナッツに手を伸ばした。今夜のミカヅキの手土産だ。
「それで、どうしても気になることがあって」
「なんや?」
「ちょっとぶしつけな質問になるんだけど、…いいかな」
ミカヅキは眼鏡ごしに遠慮がちな視線を送ってくる。
「ええよ。答えとうなかったら答えへんだけや」
「じゃあ…」
ミカヅキは椅子に座りなおして、切り出した。
「フィリップが俺と別れる時に、ダブルと付き合うことも断っただろう。それがずっと気になってるんだ」
「っちゅうと?」
質問のポイントを絞りかねて、クロックハンドが問い返す。
「つまり俺は、…残念だけど、…フィリップの好みとは違った。だから別れるって言われた。それはわかるんだ」
「んまぁ、そうやな」
「でもダブルは」
ミカヅキは指を組んだ。
「フィリップの好きなタイプの男じゃないのかな」
「あー…」
クロックハンドは何度も頷いた。
「なんでダブルを振ったのか、教えて欲しいんだ」
ミカヅキはテーブルの上に体を乗り出した。
「でないと、目指す方向が定められない」
「目指す方向て?」
「少しでもフィリップの好みのタイプになりたいんだ」
クロックハンドは眉を思い切り寄せ、
「あのな、そういうんは努力して変わってどうこうやなくて…」
そこまで言って頭を掻く。
「まぁええわ」
クロックハンドはつまんでいたカシューナッツを皿に戻した。
「ダブルはなぁ…。何回か泊まって、のんびり話してる時にじわじわと思うたんやけどな」
「…うん」
「俺じゃないんやないかなーと」
「? ??」
ミカヅキは大きく首を傾げた。
「なんちゅうのかなあ。ダブルは気風がようて、兄貴肌なええ男やけども」
クロックハンドは片肘をつき、指でテーブルをトン、トンと叩いた。
「その上いくような懐のでかいタイプを恋人にしたほうが、ええん違うか?と思うたんよな」
クロックハンドはエールに手を伸ばした。
「俺はその手の包容力みたいなもんは、てんで持ち合わせてへんからな。この男にはもっとええ相手がおるんちゃうかなぁ、と思うた時点で恋愛感情なくなった」
ミカヅキは、うーんと唸った。
「でも、ダブルがフィリップを好きだと言ってるんだから、そんなことは気にしなくてもいいんじゃないのかな」
「違う違う」
クロックハンドは手を振ってエールの瓶を置いた。
「それが気になるから付きあわんかったとか、そういうことやない。えーとな」
クロックハンドは少し考えて、続けた。
「もっとええ相手がおると思うた時点で、俺の気持ちが、恋人になりたいっちゅうところから、友達として付き合いたいっちゅうところにすーっと移動したんや。そこでもう付き合うっちゅう気は、なくなってたんや。そうなったら好き言われてもどうしようもないやろ」
ミカヅキはクロックハンドの言葉を飲み込むように、ゆっくり頷く。
「ちゅうわけで、まとめるとやな。ダブルは人としてごっつ好きやけど、恋人は他に作って欲しい。俺は友達でいたいと思うた。それがダブルとは付き合わんことにした理由や。わかったか?」
「…うん」
ミカヅキは肩を落とした。
「フィリップに好きになってもらうのは、なかなか難しいな」
「そうなんやろかなあ。単に俺が今、恋愛する気分やないだけかも知れん。地下潜ったり、みんなとワイワイやっとるのが楽しいて、それで結構満足してるからな」
「…そうか…」
「今のパーティがばらけたら、ちょっとは気分も変わるかもな」
「それじゃ、その時までに頑張って自分を磨いておくよ」
ミカヅキが真っ直ぐにクロックハンドを見つめて、胸に手をあてる。
「…んまぁ、好きにしたらええけど…」
クロックハンドは諦めたような笑顔で、肩をすくめた。