257.下心

部屋の入り口の方からダブルの笑い声が近づいてきたので、イチジョウは顔を上げた。
「うはっはっはは、みーんな発想が一緒でやがんの」
寝室に入ってきたダブルの手には、バナナがひと房乗っていた。
流石にイチジョウも顔を綻ばせる。
テーブルには既にバナナの房が4つ積まれているのだ。

「こりゃートキオから!」
ダブルは5つめの房をテーブルに置いた。
「しばらくバナナだけで生きていけるなぁ」
カラカラ笑って椅子に腰を下ろすと、ダブルはバナナを一本ちぎって皮を剥き始めた。
イチジョウも房に手を伸ばした。鼻に当てて香りを吸いこんでから、皮に指をかける。
「まあ、Eのわりにゃ気のいい奴らだよな」
もくもくとバナナを食べるダブルを見て、イチジョウは笑った。最初のひと房を持ってきたのはダブルなのだ。
「EでもGでも、先入観を強く持ちすぎて出会いの機会を減らしてしまうと、損をしそうですね。最近とみにそう思います」
「うんうん」
ダブルは大きく頷いた。
「大雑把な分け方だよな。実際にゃあEでも合わねえ奴はいるし、Gでもダチになった奴はいるし。結局、気が合うか合わねえかなんて、じっくり話してみるまでわかりゃしねえ」
「そうですよねえ」
イチジョウの柔らかい表情を見て、ダブルはニッと笑った。

「いい顔だな」
「え?」
バナナを頬にたっぷり詰めたままで、イチジョウが瞬きする。
「前から思ってたけど、笑い顔がすげえ優しいんだよなぁ、イチジョウは」
「…」
イチジョウはバナナを飲み込んだ。
「…私も前から思ってましたが、ダブル君」
「うん?」
「もてるでしょう」
「いやぁ、振られっぱなしだぜ」
ダブルは大きく手を振った。
「それは…色んな人に甘い言葉をかけるから、相手が不安を感じて避けちゃうんじゃないですかね」
「…あー…、そういうことよく言われるな…。そんなつもりじゃねえんだけどなあ~」
「でしょうねえ」
イチジョウは頷きつつ、2本目のバナナに手を伸ばした。

「でも、こんなこと言うのはなんですが。ダブル君がひとり身で助かりました」
「あん?なんでまた」
「恋人がいたら、一晩中側にいてもらうわけにはいかなかったでしょう」
「んー」
ダブルは腕を組んで思案顔になった。
「いや、そんでも泊まってたんじゃあねえかな。やましいことしてるわけじゃねえし」
「なるほど…」
-よほど気持ちに余裕のある相手じゃないと続かなさそうだな。
自分も平気で外泊する方だが、パートナーが寛容でなければ出来ることではない。脳裏にササハラの姿が浮かんで、イチジョウは目を伏せた。

「昨晩ちゃんと眠れたおかげで、早めに気持ちの整理がつけられました」
「…」
バナナを咥えたダブルは、目で続きを促している。
「まずとにかく弟と話して、事実を確認します」
「…弟さんが、そんな話は嘘だっつったらどうするんだ?」
ダブルは真剣な顔で言った。
「答えがどんなものであれ、もう一緒に行動はしないつもりです」
イチジョウは静かに答える。
「…そうか…それが一番かも知れねえやな」
ダブルは小さく頷いて、溜息をついた。
「今日は1人でゆっくり寝るか?」
「うー…ん」
イチジョウは口元に指をあてた。
「…できれば、雑談につきあっていただけると嬉しいです」
「いくらでもつきあうぜ」
ダブルは笑って、バナナの皮をダストボックスへ放り投げた。
「シャワー借りていいか」
「もちろん」
ダブルは立ち上がって、上着のボタンに手をかけた。
「昨日は汚れたまんまでベッド入っちまったからなあ」
「あ、背中を流しましょうか」
「いやいや」
イチジョウが立ち上がりかけると、ダブルは手を振った。
「刺激しねえでくれ、ちょっと下心沸いてきてんだ」
ダブルは笑ってバスルームへ向かった。

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