256.遠出

ティーカップはそのままダブルの肩を抱くようにして、移動してしまった。

「なんやろ?」
クロックハンドが2人の背中を目で追う。
「わかんね…」
同じように追いながら、トキオは首を傾げた。
-お…俺の話、してんじゃねえよな…?
そんなことを考えて、
-自意識過剰だっての、な。
トキオは小さく首を振った。

「イチジョウ、どうなんだろうねえ」
ヒメマルが組んだ指に顎を預けて言う。
「うーん…明日からの予定も聞かなきゃいけねえし、いっぺん部屋まで行った方がいいかな」
「予定は聞かんとどうしようもないからねえ」
クロックハンドが運ばれてきたナッツを齧りはじめた。
「んじゃ、後で行って来る」
トキオはジョッキを自分の方へと引っ張って、
「そういやさっきダブルに、街出る時はどうこうって言ってたけど、ダブルってこの街出るのか?」
クロックハンドに訊いた。
「そやで?」
「まじで!?」
「何言うてんのな、その話しとった時トキオすぐ横におったやんかー。ほんっまにティー見とる時は、ろくに周りの話聞いてへんなー」
クロックハンドはぷふふと笑った。トキオの顔が赤くなる。
「…っかしいなあ~」
照れ隠しにビールをあおっていると、ティーカップが戻ってきた。

「イチジョウは、かなり参ってるみたいだな」
席につくと、ティーカップは自分のジョッキを手元に寄せた。
「あ、その話か…」
少しでも自分の話ではないかと思ったことが恥ずかしい。
トキオがまたビールに手を伸ばすと、正面に座るヒメマルに近づく人影が目に入った。
「ヒメマル」
ヒメマルの肩に手を置いて声をかけたのは、カイルだ。
「なにー?」
座ったままでヒメマルが顔を上げる。聞かれても特に問題のない話なのだろう、カイルはその場で話し始めた。
「しばらく遠出することになった」
「えーっ」
「あの指輪はバベルに預けておいたから、そのつもりでいてくれ。支払いも彼に」
「えええー、よりによってバベルさん~?」
「深い階層での他人の遺体回収を約束してくれる物好きはあまりいないものだ」
「そうだけどさあ~」
「贅沢言うなよ」
ふくれているヒメマルの横で、ブルーベルが言った。

「どこに行くんだ?」
ブルーベルが訊く。
「まぁ…、色々とな。半年は戻らないだろう」
答えながら、カイルは流れるようにメンバーを見回した。
「長いなぁ~、それじゃあもう会えないかも知れないじゃない」
「そうだな」
カイルは視線をヒメマルに戻した。
「私も君の恋の行方を見届けたかったんだが」
「振られたら、なぐさめてもらおうと思ったのに~」
ヒメマルが口を尖らせる。
「明日はもう、街を出てる?」
ブルーベルが言った。
「いや。出るのは明後日だ」
「じゃあ、明日一緒に潜らないか?」
ブルーベルの提案に、
「おぉ、それいいな」
夕食をもくもくと摂りながら話を聞いていたトキオが、相槌を打った。

「…居ないのは、イチジョウか…」
カイルは、微かに眉を顰めた。
「ちょっと調子悪いみたいでね~」
ヒメマルが言うと、
「…ちょっと…、か?」
カイルが問い返した。
「うーん、ダブルが詳しく知ってるみたいだけど、ダブル知ってる?」
「ああ」
カイルはパーティのテーブルから離れた。
「あ、明日どうする、一緒に潜る~?」
追うようにヒメマルが声をかける。
「行こう」
カイルは足を止めずに返事をした。

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