254.弓

「そうか、とうとう忍者になったかー」
ポジションを決める時になってトキオの転職を知ったダブルは、感心したようにそう言ってトキオを眺めた。

「そういや、このへん締まりがよくなってんなぁ」
1階の回廊を歩きながら、ダブルがピタピタとトキオの上腕を撫でる。
「そうなんだよ、なんか全体的にギュッとな」
トキオは自分の腹筋を触って笑った。
「でもあんだけ食ってちゃすぐ元に戻るんじゃねえか」
「消費してると思うんだけどなー」
「燃費悪ぃのかねえ」
「そうなんだよ~」
「…で」
ダブルは少し前を歩くティーカップの背中を見てから、トキオに耳打ちした。

「もうつきあってんのか?」
「え?ぃ、いや」
トキオは動揺して、小さく頭を振った。
「さっさと告っちまえよ」
「簡単に言うなよ」
2人は囁き声で会話をはじめた。
「ティーカップが俺のこと歓迎しねえのは、俺がお前さんにベタベタするからだぞ」
「なこと、ない…だろ」
「あるって。クロックから聞いたぞ、俺がお前さんに」
「キャンッ!!」

2人は反射的に前を見た。ティーカップが、パーティの姿を見て逃げようとしたコボルトの尻を蹴飛ばしたらしい。
「…触るのが気に食わねえってなことを、ティーカップ本人が言ってたそうじゃねえか」
「それは俺も聞いたけど…」
トキオは昨晩から今朝にかけてのティーカップの状態を思い描いた。
ダブルが来るまでは、特に機嫌が悪いような様子はなかった…と思う。
-てことは、もしかして、マジで…?…でもやっぱそんな、やきもちみてえなの…
トキオは所在無く両手の指をモジモジといじり始めた。

「ダブルは忍者にならへんの?」
2人のヒソヒソ話がひと段落したのを見計らって、クロックハンドが話し掛けてきた。
「やっぱ片目で前衛は無理だなー」
「体格ええのに、勿体無いなあ」
「でもな、弓始めようと思ってんだよ」
「弓て、弓?」
クロックハンドが弓を引く構えを見せる。
「そうそう、その弓だ」
ダブルがカラカラ笑って、バンダナを指差した。
「近づかなくても腕力生かせるだろ?片目なりの照準の合わせ方ってのもあるらしい」
「それはええなあ!」
「ちょっと前からこの街にアーチャーの一団が来ててな、スカウトされたんだよ」
「もしかして、祭りの時に怪物倒した連中と違う?」
「おう、知ってんのか。その連中だ」
「そうなんやあー、そうやな、この街は弓のこと教えるとこあらへんし…」
そこまで言った時、クロックハンドは気が付いたように「あっ」と声を出した。
「ほな、ダブルこの街出るん…?」
「ま、そうなるな。まだしばらくは居るけどよ」
「淋しなるなあ」
「んじゃついて来てくれるかー?いつでも歓迎だぜ」
「うぅ~ん」
クロックハンドは眉をハの字にした上、アヒル口になった。ダブルがまたカラカラ笑う。

「まぁでもこのパーティだって、みんなそのうちどっか他のとこ行くんだろ?」
ダブルが見回すと、ベルとヒメマルが頷いた。
トキオは-ティーカップの背中を見ている。話を聞いていないようだ。
「そやなあ、俺もなんとなく決まってきたし…」
「どのへん行くんだ?」
「錬金術勉強しようと思てんのよ」
「ほぉー」
「どこで?」
ブルーベルが会話に参加してきた。
「西の方がさかんやっちゅう話やから、そっち方面かなー」
「そんじゃ同じとこに行くかもね~」
ヒメマルが言うのを押しのけて、
「どういう勉強するんだ?」
ブルーベルがクロックハンドの側に寄った。

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