252.疲弊

「…蘇生は…出来なかったのか」
イチジョウが言うと、ソウマは首を振った。
「体は蘇生の叶わぬよう処分したと言われました」
処分という響きに、心臓がずきりと音を立てた。それでも表情は変えずに、
「…言われた?伝聞か?」
イチジョウが訊くと、ソウマは頷いた。
「私はその場におりませんでした故」
「なら事実でない可能性もあるな」
「…?」
ソウマは涙に濡れた顔を、初めてイチジョウに向けた。
「実際には無事かも知れん」
「…それはありません」
ソウマは首を振った。

「何故言い切れる」
「腕を渡されました」
「…なに?」
「ササハラの腕を」

視界に霞がかかった。

「…他の者の腕では…」
なんとかそう切り返すと、
「ササハラの腕です」
ソウマは澱みなく言った。
「幼少の砌より憧れ、追い続けた男の腕です。見紛うことはありません」
「…腕を失っても、生きてはいける…」
イチジョウは自分に言い聞かせるように呟いた。
「…」
ソウマは目を伏せて小さく首を振ると、懐からハンカチを取り出し、濡れた顔を拭いて、頭を下げた。
「…失礼します」
イチジョウは返事をせず、テーブルの上に視線を投げていた。
*
放心したイチジョウが膝に置かれた紙片に気付いたのは、ソウマが去ってから10分以上も過ぎてからだった。
半ば無意識に開いてみると、数行の文字が綴られていた。


矩親様にはお会いになられましたか。



ノリチカがこの街にいることは、もう知られているのか。それともかまをかけているのか。
イチジョウはどこか投げやりにそんなことを思いながら、読み進めた。


矩親様と我らの頭領は盃を交された仲です。

お気をつけください。矩親様は、


続きを読んだイチジョウの口から、力のない溜息が漏れた。


猩々側の人間です。
*
「…、おい、大丈夫か?」
肩をそっと叩かれて視線を移すと、ダブルが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「むちゃくちゃ顔色悪ぃぞ」
イチジョウは返事もせずに、ただダブルを眺めていた。
「調子悪ぃなら、部屋まで送るぜ」
ダブルは真剣だ。イチジョウは、自分はよほどひどい顔をしているのだと思った。

頷くと、ダブルはイチジョウの足元に置かれた荷物を担いでから、イチジョウに肩を貸した。
イチジョウは立ち上がろうとして、ふらついた。足に全く力が入らない。
「こりゃ重症だな」
ダブルはそう言ってイチジョウの背を抱えなおすと、一気に抱き上げた。
「部屋とってるか?」
イチジョウは頷いた。

運ばれる時に目に入った壁の大時計が午前一時半を指していて、少し驚いた。

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