251.報告

地上に戻ってから、イチジョウはパーティとは別行動をとっていた。
掲示板に弟からのサインを見つけたからだ。
今日で3度目の密会だったが、お互い逃亡手段の新しいアイデアはなく、資金の集まり具合の報告と軽い雑談をするだけで別れていた。

ノリチカの飲んでいたジョッキがウェイターに運ばれていく。
彼もパーティに混ざって地下へ潜り、資金稼ぎをしているらしい。
成長した弟と一緒に狩りをしてみたいが、猩々達に兄弟揃っていることを気付かれたら、警戒されて有無を言わさず連れ戻されてしまうかも知れない。
-本当に馬鹿馬鹿しい。
結局は家の体面の為に追いまわされているのだと思うと、腹立たしさを通り越して溜息しか出ない。
-郷の人間達も何年か他国を巡ってみれば、こんな鬼ごっこに時間を費やすことがどれだけくだらないか気付くだろうに。
イチジョウはもどかしい気持ちを人差し指にこめて、トントンとテーブルを叩いた。
-と、周囲のざわめきの中から、
「でもカティノ効かないだろ?」
切り取られたように、そんな言葉が耳に入ってきた。後ろのテーブルに座っている連中の、会話の一部だったようだ。

ふとササハラを連想して、イチジョウは目を伏せた。
ブルーベルの助言通り、彼を篭絡することを半ば本気で考えていたのだが、あれ以来会えていない。
-本当に俺のことが好きなら、多少なりとも姿を見せても良さそうなもんだ。
そんなことを考えて、
-突き放しておいて、都合が良すぎるな。
自分の勝手さに苦笑した。

「イチジョウ殿」
すぐ近くで呼ばれてイチジョウが顔を上げると、ソウマが横に立っていた。
「…何か用か」
イチジョウは怪訝な顔で訊く。
「…」
ソウマは口を開こうとして、唇を噛んだ。
「用があるなら早く言え」
イチジョウの声が不機嫌になる。
「お話がございます。少しの間で結構です、移動していただけませんか」
ソウマは絞り出すように言った。
「断る。攫われてはかなわん」
イチジョウはジョッキに手を伸ばした。
「…個人的なお話で…」
「断る」
イチジョウは切り捨てるように言って、ビールを飲んだ。
ソウマは押し黙ったが、その場を動こうとはしなかった。
「そこに居られると酒が不味くなる」
イチジョウが言うと、
「ササハラが」
ソウマが口を開いた。


「ササハラが死にました」


「…何?」
イチジョウはソウマを見上げた。ソウマは床に視線を落として、肩で大きく息をしている。
「どういうことだ」
イチジョウは問い返した。簡単に信じられる話ではない。
「頭領を襲い、返り討ちに遭いました」
ソウマの声が揺れる。
「…なんでそんなことを…」
イチジョウは眉を寄せた。疑う気持ちの方が強く、驚きや悲しみという感情が湧いてこない。

「頭領を落とすことで、貴方への気持ちを証明しようとしたのだと思います」
「…その行動に意味があるとは思えんな」
イチジョウはふっと息を吐き、冷静に言った。
「もし成功したとしても、他の猩々達に討たれるのがおちだろう」
嘘ならもっとうまくつけ、と続ける前に、
「その通りです」
ソウマの瞳が潤み、涙が綺麗にひと筋すべり落ちた。
「貴方に自分の気持ちを嘘だと思われるぐらいなら、頭領を道連れに討ち死にした方が良いと考えたのでしょう」
「そんな…」
イチジョウの声は困惑している。

-この時勢に、そんな形で気持ちを証明する人間がいるか?

信じ難いが、嘘にしてはあまりに作り話じみている。
しかしそれも、こんな馬鹿な嘘をつくはずがない、と思わせる為なのかも知れない。

イチジョウの頭は話の内容を吟味せず、その真偽ばかりを考えている。

「そういう男でした」
ソウマの涙がぽたぽたと床に落ちる。
イチジョウは、この男がササハラの恋人だったことをぼんやりと思い出していた。

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