249.ウォーミングアップ
午前10時、ティーカップと共にギルガメッシュに入ると、クロックハンドがテーブルで手を振っているのが見えた。「トキオやんかー!おはよぉー、なんや久しぶりやなあー」
「おう!」
クロックハンドの右手に自分の右手をパン!と合わせて、トキオは席についた。
「ちょっと痩せましたか?」
イチジョウが言う。
「うん、体がちょい軽い感じ」
「忍者の実感ってある~?」
ヒメマルが訊いてくる。
「んー、それはまだなんともだなぁ」
「とりあえず4階ぐらいでお試しやね」
クロックハンドが言うと、
「あ、それなら死の指輪のとこいかない?」
ヒメマルが提案した。
「センターの敵はそこそこ手応えあるし、お金になるしさ」
「ええねー」
「あそこだと助かりますねえ。ポジションはどうしますか?」
イチジョウが言った。
「前に言うてたみたいに、俺とトキオとティーが前衛かいな?」
「それだな」
クロックハンドの言葉にティーカップが即答する。トキオが口を挟む余地はなかった。
「んじゃ、メシ食ってぱっと行くか」
「トキオ、鎧つけたままでいくん?」
「俺ファイター上がりだろ、なんも着ないで前衛ってちょっと勇気いるんだよ」
「あーそっか、盾持って剣持って鎧着てたんやもんな。いきなり服だけで前出るんはちょっとなぁ」
「うん。結構長い間、後ろだったしな」
「せやけど、何回か戦闘してみたら多分鎧邪魔になってくると思うで。荷物になるし、金属製のはやめといたほうがええんちゃうかな」
「あ…そうかな…」
食事中にクロックハンドとの間でこんなやりとりがあって、トキオは皮製の鎧を装備して地下へ降りることにした。
「素手かー…」
回廊を歩きながら、トキオは自分の両掌を開いて見つめる。
「剣とはリーチが随分ちゃうから、気ぃつけてな」
「だよなぁ」
「…」
珍しくクロックハンドが口をつぐんで、真剣な顔をした。
「4階行く前に、コボルトとかオークやってこか」
「え?」
「もし戦闘技術が身についてへんかったら、トキオの指やら手首やら、目茶目茶になるかも知れん」
トキオが思わず立ち止まる。ティーカップと後衛の3人も足を止めた。
「なんぼ魔法で治せるいうたかて、指ボキボキに折りたぁないやろ?」
「う…うん」
「先輩の言うことは聞いておくものだ。ちょうどいいのがそこにいるぞ」
ティーカップが指した方向にはオークの一団があった。
昔は嬉々として襲い掛かってきていたくせに、今は遠巻きにこちらを警戒している。
「いきますか」
「やろうやろう~」
イチジョウとヒメマルが後ろから言う。
「歩いていくと逃げられると思う」
ブルーベルがそう言った直後、
「よし」
ティーカップが走り出し、パーティは慌てて後を追った。
5匹いたオークのうち2匹が逃げたが、3匹を袋小路に追い詰めることができた。
下手に手出しするとあっさり倒してしまいそうなので、皆牽制している。
「トキオ行っちゃえ!」
後ろからヒメマルが言う。
「気ぃつけてな」
クロックハンドの固い声に頷くと、トキオは一気に間合いを詰めた。
-首筋。
狙いを定めると無意識のうちに掌が手刀を作った。
しならせるように腕を振り上げ、インパクトの瞬間、一点に集中して全身の力を叩き込む。
攻撃を終えるとともに倒した敵と残っている敵の動きを一瞬で把握して、仲間に背を預けられる位置へ素早く移動した。
「おみごとーっ!」
ヒメマルが拍手する。トキオが狙ったオークは一撃で絶命していた。