247.目覚め

首筋が冷える感覚で、トキオは目を覚ました。
「う…」
動かした部分部分がきしむように鈍く痛んだが、どうにか体を起こして辺りを見回した。薄暗い。枕元のランプが点っている。時計を見ると、10時を少し過ぎていた。
-っと…短刀使って…すんげー痛かったんだよな。
トキオは腕をさすってみた。余韻のようなものは残っているが、痛み自体はもう感じない。
-気絶しちまったのか…。俺の部屋だよな?
少し目を走らせるとすぐに自分の荷物が目に入って、トキオは1人で頷いた。
-ティーカップは…
考えた時に、部屋の扉が開く音がした。すぐに複数の足音が近づいてきて、ベッドルームの入り口にティーカップが現れた。
「…なんだ」
ティーカップはトキオを見るなりそう言って、
「とりあえず頼む」
後ろの人間を部屋に通した。
「失礼します、シーツをお取替えさせていただきます」
宿の従業員らしき男が頭を下げ、手の動きでトキオに立つように促した。
トキオは慌ててベッドを降り、ティーカップの横に立った。

「おはよう」
ティーカップに言われて、
「お、おはよう」
間抜けな返事をする。
「体調はどうだ?」
「ん、ちょい体がギコギコすっけど、大丈夫だ」
「動けるならとりあえずシャワーを浴びたまえ、随分汗をかいてたぞ」
「…あ、これ汗か!?」
トキオは髪に指を差し入れて驚いた。風呂上がりのように、根元がぐっしょりと濡れている。
「髪の付け根まで拭くのはさすがに難しいのだよ」
「汗、拭いてくれたのか…」
「不幸にもルームメイトだったものでね」
「あー、」
「いいからシャワーを浴びてきたまえ」
「うん」
トキオはバスルームへ向かった。
*
シャワーを浴びながら、トキオは自分の体を観察した。
-…あれ…、痩せた、か?
腕が締まっている。胸や肩からも、無駄な肉が落ちたようだ。
-汗かいただけでこんな風にはなんねえよな。短刀の効果で忍者の体型っぽくなったっつうことかな。

髪と体をひと通り洗いきってバスルームを出ると、ティーカップがテーブルでワインを飲んでいた。
シーツの交換が済んで、ベッドは綺麗に整えられている。
「ルームサービスでディナーを注文しておいた。時間が時間だから少々高くつくが構わないな?」
「あ、うん」
言われてみて、かなり腹が減っているということに気付いた。
トキオがバスローブを着て首にはタオルという姿でティーカップの前に座ると、じっと顔を見つめられた。
「…な、なんだ?」
「流石にやつれたな」
「え?」
トキオは頬に手をあてた。
「顔?」
ティーカップは背中側に置いてあった手鏡を、トキオに手渡した。
「ぅわ」
トキオは鏡の中の顔を見て声をあげた。確かに肉が落ちている。
「なんか苦労人っぽい顔になってんなあ」
「まる3日何も食べずにエネルギーだけ消耗した所為だろうな。食べて眠ればそのうち戻るだろう」
「3日?」
「3日だ」
「マジかぁー」
トキオは驚いて、間の抜けた声を出した。三日三晩寝込んだという言い回しは時々聞いたことがあったが、自分が経験するとは思わなかった。
「んじゃ俺、メシ食わなかったから痩せただけか…。体型変わったかと思ってたんだけど」
「いや、短刀を使うと体を造り変える為の作用が働くらしい。痩せたのも間違いないだろうが、それなりに体型も変わってるんじゃないか」
「あ、やっぱそうなのか。へえー…」
トキオは何度か鏡とにらめっこしてから、テーブルに置いた。
「寝てる間、お前が色々やってくれたのか?」
「あぁ僕だ。感謝したまえ」
汗を拭き、シーツを替えるのに加えて、目が覚めた時の感触からすると寝間着も替えてくれていたのは間違いない。
「うん。ありがとうな」
トキオが素直にそう言うと、ティーカップの眉が上がるのに合わせて、長い耳が少しばかり立ち上がった。

Back Next
entrance