246.効果

「なんや拍子抜けやね…」
身を乗り出していたクロックハンドが椅子に腰を落とす。
「何か変化はありますか?」
イチジョウが訊いてくる。
「…んー、別になんとも…」
トキオは首を傾げながら答えた。
ブルーベルは使用済みの短刀を手にとって、観察している。
「…実は盗賊の短刀じゃなかった、っていうオチじゃないよね?」
ヒメマルが言うと、
「俺が鑑定ミスしたってこと?」
ブルーベルが横目でじろりと睨んだ。
「いや、なんていうかほら、似てる別物とかあるかもじゃない?」
ブルーベルはヒメマルの弁解に耳を貸さずにそっぽを向いた。

「試しに前衛で戦ってみれば効果のほどはわかるんじゃないか」
ティーカップの意見を受け、
「4階ぐらいがいいですかね」
イチジョウが提案する。
「そう…」
賛同しようとして、トキオは指先を押さえた。
「どうかしましたか?」
「なんかビリッときたような」
言っている間に、また痺れるような感覚が走った。
「これもしかして、いてっ!」
トキオは手首を押さえた。痺れを通り越して、痛い。
「効果でてきたんちゃう!?」
クロックハンドと一緒に、ブルーベルとヒメマルが身を乗り出してくる。

「効果っつうか、いてッ、これ、…っつ!!!」
トキオは両肩を抱え込むようにしてテーブルに突っ伏した。
皮の内側で筋肉を引っ掻かれるような強い痛みが、ひっきりなしに腕全体に起こりはじめたのだ。
「っちょ、シャレなってね…、」
トキオの声が切羽詰ってきた。
「副作用かな!?」
ヒメマルが不安そうに振り返ると、ブルーベルは傾げるように首を振った。
「大丈夫ですかね、回復魔法をかけた方がいいんでしょうか」
イチジョウが誰に訊くともなく言うが、当然誰も答えられない。
「っは、、ぅ…ぃッ、」
トキオは喉からうめきに近い声を出す。痛みは強さを増すばかりだ。
剥きだしの肉にナイフを刺し入れられて、そこから引き裂かれるような激痛が、腕全体に続けざまに襲ってくる。トキオの全身に汗が滲み始めた。
「わからないが、闇雲な手出しは逆に…」
ティーカップが言いかけた時、
「ぃってえええぇ…!!!!!」
トキオが搾り出すような声をあげた。
痛みは腕から肩、背中、胸へと一気に広がり、上から下へ体を切り裂かれるような錯覚が太腿まで至った時点で、
「っあ…!!!」
トキオは気を失った。
*
「ふぃーーー」
背負っていたトキオをベッドに下ろすと、ヒメマルは額の汗を拭いた。
「トキオもえらい汗かいとるで」
クロックハンドは「タオル、タオル」と言いながら、バスルームへ入っていった。
「これはどういう状態なんだ?」
意識のないままベッドに転がり、身体全体で息をしているようなトキオを眺めて、ティーカップが呟く。
「推測なんですが」
ブルーベルが口を開いた。
「忍者の身体能力を得る為に、急激に体が変質しようとしてるんじゃないかと思います」
「なるほど、それは大いに有り得ますね」
イチジョウが頷く。
「でも、一応バベルに訊いてみます。彼なら大体のことはわかりそうですから」
「そうしてくれ」
ティーカップが溜息混じりに答えると、クロックハンドがしぼった濡れタオルを手に戻ってきた。
「目え覚めるまで、誰か側についとったほうがええよねえ?」
流れ続けているトキオの汗をトントンと拭ってやりながらクロックハンドが言う。
「そうですねえ…」
イチジョウはティーカップをちらりとうかがった。
「何か問題が起こらないか状態を見ておくだけなら、同室の僕でいいだろう。始終見ているというのはごめんだが」
ティーカップの発言に、全員の動きが止まった。

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