243.抱き枕

フロントには、今は2人以上の部屋が空いていない、人数分の価格を払うならそのまま使っていいと言われたので、部屋は変えなかった。

ティーカップは昼間はほとんど横になっていて、トキオはアイテムの整理や手入れをしながらのんびり過ごした。少し物足りないディナーをルームサービスで済ませた後、
「パジャマ着ろっつってんだろー」
風呂から上ったトキオはタオルで頭をごしごしとしごきつつ、ベッドの上のティーカップに向かって言った。

「落ち着かないんだ」
ティーカップは片腕を枕にしてトキオの方を向く。シーツで隠れているのは下半身だけだ。
「裸でいられると俺の方が落ち着かねんだよ」
トキオは頬を微かに染めて、買ってきておいたパジャマを手に取った。
「着ろって」
目の前にパジャマを置くと、ティーカップは壁の方を向いてしまった。
こちらを向かせようと掌を伸ばしたものの、素肌の肩に触れかねたトキオの指は空中で屈伸する。
仕方なく腕を下ろして、トキオはため息をついた。
-普段マジで裸で寝てんだな…
そう思うと、朝の光景の刺激も少し和らぐ。裸で寝るのが当たり前なら-
-ダチだって言い切ったし、本当になんもしてねえのかも知んねえ。
何よりも、ビアスとよりが戻っているのなら、トキオと同じ部屋を使うという提案には応じないのではないだろうか。
-そうだよ、恋人いんのに他の奴と同じ部屋に泊まろうとは思わないよな。ビアスにやきもち焼かせようとか、そういうことでもなきゃあ…
そんなことを考えかけて、トキオは頭を振った。

「頼むから着てくれよ」
トキオはパジャマをティーカップの肩にかけた。
「うるさい男だな」
そう言いながらもティーカップがのろのろと袖に腕を通したので、トキオはベッドを離れてまた髪を乾かしはじめた。
「…んで…、どう、しよっか」
「うん?」
ティーカップは寝転がったままでパジャマを着ようと、モゾモゾ動いている。
「その、一緒に寝るか、俺は、ソファに寝るか…」
トキオの声が小さくなる。
同じ部屋を使うことを思いついて提案した時、トキオに下心は全く-本当に-なかったのだ。
シャワーを浴びる頃になってやっと、自分がかなり大胆なことを言ったという事実に気付いた。

「ソファに寝たまえ」
パジャマのボタンを合わせながら、ティーカップが言った。
「…そっか。わかった」
トキオが頷くと、
「いや、」
ティーカップが身体を起こした。
「ん?」
「本当にソファに寝る気か?」
「うん」
「…」
ティーカップの耳がゆっくりと、少しだけ立ち上がった。
「驚いたな」
「う?なんでだよ?」
「馬鹿に素直じゃないか」
「え…だって俺が言ったことだし…」
ティーカップは眉を上げ、肩をすくめた。

「冗談だ。こちらで寝たまえ」
「いいのか?」
「君がどこで寝ようが、危険さはさして変わらないだろう」
-変わるって…
トキオは心でぼそりと呟いた。触れているのといないのとでは随分違うと思う。
「大体、君に対して警戒するのも今更という気がするし、何より抱き枕がある方がいい」
「抱き枕??」
トキオが反芻すると、ティーカップは笑顔で頷いた。
「最近そういうものがあるのを知ったんだ。あれはいいな、抱くものがあると安眠できるものだ」
「…、」
-それは、つまり、俺を抱き枕にするつもりだってこと、か?

鼓動が早くなってきた。

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