241.密談
席を探すそぶりで客の服装を確認してまわっていたイチジョウは、黒地に華やかな柄のマントの男の隣に座った。「失礼。20匹目ですか?」
イチジョウが問うと、兜のアイマスクを目深に下ろしていたその男は笑顔で-といっても見えているのは口元だけなのだが-手にしたグラスを軽く上げた。
<相棒へ、俺は夏の最後の獲物を背負っている>
掲示板に貼られていたこの一文が自分へのメッセージだということに、イチジョウはすぐ気付いた。
まだ10歳にもならない頃、弟と共に初めて虫採りに行った夏の日。
20匹捕らえたら帰ろうと話して、最後に捕らえたのは大きなアゲハチョウだった。
宝石のような蝶を間近に眺めて、2人で大はしゃぎした。
あの時の気分は今でも簡単に思い出せる。
「ビールを」
ウェイターにそう頼んで、イチジョウは荷物を足元へ置いた。
少なくとも地上にいる時のイチジョウの行動は、常に監視されていると考えて間違いない。
偶然の相席を装う兄弟は、お互いを見ずに会話をはじめた。
「何か案は?」
イチジョウが問う。
「なかなかないもんだ」
答えながら、矩親-ノリチカはフォークで目の前の魚をつついた。身につけた鎧が鈍い音を立てる。
「皆よくこんな格好でメシ食ってるな」
ノリチカはぼそりと呟いた。店内には似たようないでたちで食事している者が結構いるのだ。
「次は後衛職の扮装にする…」
苦い声で言うのを聞いて、イチジョウは思わず笑いを洩らした。
「…こっちは考えてはあったんだが」
イチジョウはウェイターからビールを受け取った。
「あちらに漏れている可能性がある」
「あの猩々に話しちまったのか」
「まんまとな」
「うーむ」
ノリチカは鈍い音を立てながら腕組みした。
「とりあえず聞いておこう、案がかぶったら無駄になる」
ノリチカは腕をほどくと、ジョッキに手を伸ばした。
「だな」
低い声で交わすと、イチジョウとノリチカはさりげなく周囲に目を配った。耳をそばだてていそうな者はいない。
「転移の魔方陣を使う」
「…ふむ?」
イチジョウは枝豆を剥き始めた。
「金さえ出せば海も越えられる」
「!!」
ノリチカは大きな声を出しかけて、慌てて口を閉じた。
「…金額は如何ほど」
また声をひそめて訊く。
「500万」
イチジョウの返答に、ノリチカは肩をすくめた。
「ここなら不可能じゃない」
「なのか?」
イチジョウはメニューを手に取った。
「問題は妨害だけだ」
ノリチカはメニューを覗き込む素振りで顔を寄せる。
「とりあえず金を溜めておくか」
「だな」
「他の手も探しておく」
「うむ」
イチジョウがメニューを閉じるのを合図にしたように、ノリチカは席を立った。