239.提案
ティーカップはワインをふたくちほど飲み、肩の力を抜いた。黙ってその様子を見ていたトキオは、思い切ったように口を開いた。
「あのよ」
「ん?」
「…何回も訊いて悪ぃんだけどよ…、ビアスってダチなのか」
トキオは緊張した面持ちで返事を待つ。
「友人だ」
ティーカップはさらりと答えた。
「…恋人じゃ、ねえんだな」
確認するようにトキオが言うと、
「友人だ。他のなんでもない」
ティーカップは、はっきりとそう繰り返した。
トキオは表情を崩さずに頷いた。
「俺は、ビアスはお前のこと好きなんじゃねえかと思う」
「…」
ティーカップはトキオの顔を見つめたまま何も言わない。
「んで、なんつうか」
トキオは軽く唇を舐めた。
「ヨリ戻すために、結構ムチャやってきそうな感じがするんだよ」
「…ふむ」
「で、」
トキオは視線を床に落とした。
「…お前が部屋に1人でいると、危ねえんじゃねえかなって」
「危ない?」
「ぶっちゃけて言や、襲われるとかよ」
ティーカップは眉を寄せて、大きく首を傾げた。
「ビアスが?僕を襲うっていうのか?」
「うん」
「それはないだろう」
ティーカップは呆れたように言ったが、
「あるって!!」
トキオは間髪入れずに返した。
「こんなこと言いたかねえけど、昔はいい奴だったとしても、時間経って性格変わるってことだってあんだからよ」
トキオは掌で軽く押さえられているティーカップの脇腹に目をやった。
-ケンカしたからって弱点狙ってくるような奴なんだぞ。酔いやすい酒持ってきたのだって、よく考えてみりゃ典型的なやり方じゃねえか。
トキオの険しい表情を見て、やれやれとばかりに肩をすくめると、
「まあ、忠告としてありがたく受け取っておくよ」
ティーカップはワインに口をつけた。
「んで」
「まだあるのか」
ティーカップがグラスを離す。トキオは頷いて、大きく深呼吸した。
「この部屋一緒に使わねえか」
ティーカップが下ろしかけたグラスが、その位置で止まった。
「…」
そのままじっと見つめられて、トキオの視線は泳いだ。
「いやあの、無理にとは言わねえけど、でも」
ティーカップはグラスを揺らしながら、トキオの言葉の続きを待っている。
「部屋に他の奴がいたら、簡単に手出しできねえと思うんで」
グラスを止めると、ティーカップはまたトキオを見つめた。
「ビアスより君の方が安全だという保障はあるのかね」
無表情に近い顔でそんなことを言われて、トキオはたじろいだ。
「ね…ねえけど…、気になんなら俺ソファで寝るし、…いやそういう問題じゃねえのか、」
あまり気の利いた対策が出てこない。
「…えーと」
トキオは腕組みして考え込んだ。
「君は全くおせっかいだな」
「…んーー」
トキオが頭を掻くと、
「まぁ構わんがね」
ティーカップは残ったワインを飲み干し、グラスを枕元に置いた。
「しかしこの部屋はシングルだろう?一晩二晩なら人数分の追加金額を払えばいいんだろうが、2人で何日も使っていいのか?」
「そっか、部屋変えた方がいいかもな…ちょっと、フロント行って来る!」
トキオは、はじかれたように扉へ向かった。
「ビアスが来てもドア開けんなよ!」
そんな声の後に騒がしく施錠する音が聞こえて、ティーカップは小さく笑った。