237.痕

トキオは自室に入ると、ティーカップをそっと自分のベッドに横たえた。
ティーカップはまだ口元に手をあてている。
「吐くか?」
ティーカップのブーツの紐を解きながらトキオが声をかけると、静かに首を振った。
ブーツと靴下を脱がし終えたトキオは、次にブラウスの襟元に手をかけた。
「緩めとくからな」
頷くのを確認して、上からボタンをはずしていく。ぴったりと腹部まで圧迫しているパンツのボタンも一緒にはずした。
ティーカップは、浅く大きく肩で呼吸している。いつもより白い額には汗が滲んでいる。
トキオはハンカチでそれを拭ってからベッドの端に腰掛け、息をついた。
-なんでこんな風になっちまったんだ。ビアスに何かされたのか?
気になるが、聞きづらい。
「…今日、無理っぽいか?だったらみんなに言って来るぞ」
トキオの問いに、ティーカップは何度か呼吸してから頷いた。
「寝てていいからな」
そう言って、トキオはすぐに部屋を出た。
*
酒場に着いたトキオはメンバーに、
「ティーカップは体調が悪くて今日は無理だってよ、俺も今日パス」
と手短に説明すると、あっという間にまた戻っていった。
「…んで、短刀はどないなったんや…?」
トキオの姿が見えなくなってから、クロックハンドが言った。
「ティーが心配で、また忘れちゃったんじゃないですか」
イチジョウが笑う。
「気になってんのに~!」
クロックハンドはアヒル口になって頭の後ろで両手を組んだ。
「でもさ、トキオが急いで戻ってったってことは看病するつもりなんじゃないの?何か進展あるかもよ~」
ヒメマルが言うと、
「そやなぁ」
クロックハンドもニシシと笑った。

「…で、どうする?代わりに誰かに入ってもらって潜る?」
ブルーベルが言う。
「そうですね」
イチジョウが頷くと、他のメンバーも同意した。
「エリートクラスの前衛と、回復できる後衛がいるかな?」
ヒメマルが掲示板の方を見ながら立ち上がった。
「前衛はロードがええな、忍者と侍だけじゃちょっと心もとないわ」
「ロードがいなかったらヒメマルが前に出る?」
ブルーベルがヒメマルに確認する。
「そうだね~」
「それじゃまず、知り合いのロードに声をかけてみますね」
「頼むわー」
クロックハンドが手を振る。イチジョウが席を立つと、
「後衛は俺が連れてこれるかも」
ブルーベルも立ち上がった。
*
ティーカップは幾分落ち着いた様子で、口に当てていた手は枕元へ移動していた。
「調子どうだ?」
トキオは戻る途中で買ってきたブランデーをグラスに注ぐと、ベッドへ近づいた。
「…ぅん…」
ティーカップは上体を少し起こして、グラスを受け取った。
口をつける間に、トキオは椅子を持ってきてベッドの脇に座った。
ティーカップは深呼吸のように大きな溜息をつき、
「参ったな」
額に落ちる前髪をかきあげて呟いた。
「…よくわかんねえけど…、大丈夫か?」
突っ込んだ質問をするのは良くないような気がして、トキオは当り障りのない言葉をかけた。
「…」
ティーカップはグラスを右手に持ち替えて、左手で素肌の左の脇腹を静かに押さえた。
「…うん」
力のない声で答える。
「…ん、そこ、どうかしたのか?」
トキオが訊くと、ティーカップはその位置から手を離した。
「怪我してんのか?」
肌が一部分、変色している。まるで指の痕のような-
トキオに言われて、ティーカップも改めてその場所を見た。
「痕が残るほど握ったのか」
ティーカップは眉をしかめてそう言うと、
「何を考えてるんだ」
独り言のように続けた。

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