236.困惑
ほんの少しうたたねしてから、トキオはギルガメッシュに向かった。「おはよ~!どうどう?」
「どんな感じやった!?」
椅子に腰を下ろす前にヒメマルとクロックハンドに続けざまに言われ、トキオはきょとんとした顔で立ち止まった。
ブルーベルとイチジョウも、トキオを観察するように上から下まで眺めている。
「なにが?」
「忍者なったんやろ?」
「…ん?俺?」
「盗賊の短刀、使ったんじゃないの?」
ヒメマルに言われて、やっと思い出した。
「あーーー!!」
「なんや、使ってへんのかいなあ」
「マジ忘れてた」
トキオは反射的にポケットを探ったが、短刀を入れたのはこのパンツではない。
「あぁあ、宿だ」
「とってこようよ~!」
ヒメマルが両手でテーブルをトコトコ叩く。
「うん」
トキオは素直に踵を返した。
-ティーカップ来てなかったな、まだ寝てんのか…
小走りで歩を進めながら、そんなことを考える。
あの光景が瞼に浮かんで、また少し気持ちが萎えそうになったが、
-短刀使ったらどんな風になんのかなーっと。
他のことを想像することで押しのけながら、宿の階段を上った。
上りきる前から少し聞こえていた声が、廊下に入ると大きくなった。
-あ。
胸がドキンと音を立てる。
ティーカップとビアスが、ドアの前で話しているのだ。
二人の横を通らなければ、自室へ入れない。
何事もなかったように通り過ぎようと決心して、深呼吸をしてから歩きはじめた。
階段が見える方向に立っていたティーカップが、トキオに気付いた。
目が合ったので、みんなもう酒場に来てると言おうとしたが、ティーカップは明らかに不機嫌とわかる表情で、すぐにビアスに視線を戻してしまった。
仕方なく、横を素通りすることにした。
ティーカップは潜る時の服を着ているし、言わなくてもじきに酒場へ行くだろう。
「放っておいてくれ」
トキオはどきりとしてわずかに振り向いてみたが、ティーカップの言葉はビアスに向けられているようだ。
-ケンカしてんのか?
気になるが、立ち止まって聞き耳をたてるわけにもいかない。
出来るだけ関心のないような素振りで自室に鍵を差し込んだ時、視界の端でとらえていたティーカップのシルエットが大きく変わった。
思わずそちらを向くと-ティーカップが床にうずくまっていた。
トキオは反射的に駆け寄った。
ティーカップは床に両膝をつき、腹部を押さえて俯いている。
「どうした!?」
その横に片膝をついたトキオは、ティーカップの肩を抱いてビアスを見上げた。
ビアスは呆れるような薄い笑いを浮かべて、肩をすくめていた。トキオと目が合う。…と、ゆっくりまばたきしながら目をそらした。
-なんなんだよ?
エルフの考えていることがわからずに困惑したことは何度もあったが、こんなに苛立つのは初めてだ。
ティーカップが更に背中を曲げ、腹を押さえていた左手を口にあてた。
その喉の奥から堪えるような声が聞こえる。
トキオは咄嗟にザックから兜を引っ張り出し、逆さにしてティーカップの目の前に差し出した。
「やばかったらこれ使えよ」
ティーカップが俯いたままで頷く。
ビアスの靴がすっと引いた。
トキオが再び見上げると、ビアスは階段へ歩きはじめていた。
「…、」
背中に向かって何か言おうとしたものの、言葉が出てこない。トキオはティーカップの表情を窺った。
前髪の隙間から、じっとりと汗を帯びた額が見える。
「部屋、行くか?」
問い掛けると、ティーカップは微かに頷いた。
肩を貸すのは難しそうだ。
「抱き上げるからな、背中こっちにもたれて…うん」
トキオは右腕にティーカップの背を抱えると、膝の裏に左腕を差し込んで、ゆっくりとすくい上げるようにして立ち上がった。