235.呆然

「ん…ってて…」
トキオは肩の窮屈さで目を覚ました。
いつもと天井の高さが違う。のろのろと体を起こしてみて、自分がソファの上に寝ていたことがわかった。
「…」
寝惚け眼のまま肩を揉んで、トキオは軽く頭を掻いた。
昨夜のことがぼんやりと思い出される。

飲み進めるのにつれてテンションが高くなってきて、3人とも上機嫌で話をしていた。
内容は…ビアスがドワーフと親しい理由だとか、ティーカップが幼い頃にしでかした失敗だとか、たわいないながらも興味深いものだった。
そのうち眠くなってきて部屋に戻ろうとしたのだが、思ったより足にきていてふらついたのをビアスに助けられて、そのままソファに転がったのだ。

-よく覚えてんな。
他の酒で酔った時に比べて、記憶が確かだ。気分もすっきりしていて二日酔いの気配もない。
-いい酒だなあ。どこで売ってんのか訊いときゃ良かった。
トキオはソファのそばに並べられた自分の靴に、ぞんざいに足を突っ込んで立ち上がった。
時計を探して見回した視界に、ベッドが-

-…   … …、

ベッドと共に飛び込んできた光景が、トキオの頭の中を真っ白にした。

ティーカップとビアスが、寄り添って寝息をたてているのだ。

肩から露になっている素肌の腕が、互いの体をシーツ越しにゆるりと抱きしめている。

- ………

ティーカップが小さく動いたのを見て、やっとトキオは我に返った。

ほとんど役に立たなくなっている頭の端で、部屋から出ることをなんとか思いついて、足を動かした。膝に力が入らない。何もないところで転びそうになりながらも、どうにか静かに部屋を出ることが出来た。

言うことをきかない指先でもどかしくポケットから鍵を探り当て、トキオは自室へ入った。

ソファかベッドまではたどり着こうと思っていたのだが、ドアを閉めると足の力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。
あまりに突然だった為か、嫉妬や辛さといった感情を飛び越えてしまったらしい。
トキオは長い間、ただ呆然と座り込んでいた。
*
どれぐらいそうしていただろう。
半ば無意識に部屋の時計を見ると、まだ午前8時をすぎたばかりだった。

トキオは大きく息を吸って、足をあぐらに組みなおした。
「はぁあああああああー。」
溜息を声にしてみる。
幾分、頭が動き始めた。
目を閉じる-…と、あの光景が浮かび上がる。

「もーーーーーーーーー」
唸るように言うと、トキオはごろりと転がって大の字になった。
白い天井を睨んで、唇を噛む。
-…どうしようもねえのか。
思ったのとほぼ同時に、他の考えが浮かんだ。

-…やってねえかも。

トキオは寝転がったままで、片手をゆっくり口元にあてた。
-あいつらも酔ってたし…ただ一緒に眠っただけかも知れないよな。
-なわけねーだろ、やってるって。
相反する想像が、続けて沸いてくる。

-前に盛られた時の俺とあいつだって、あんな風に見えただろうし…
-いい方に考えようとすんなって。
トキオは口元にあてた手を、額に置いた。

-あいつ裸で寝るしな。エルフはそういう奴多いのかも知れねえ。
-んな風に思い込んでて実際やってたら、ショックでかいぞ?
「…違うだろ」
トキオはそう呟くと、勢いよく体を起こした。

「やってたら諦めんのかっつう話だよ」
トキオは声に出して自問した。
-…俺、まだ、なんもしてねえ。
立てた片膝の上で両手を重ねる。
-振られてもいいから、とにかく告白するんじゃなかったか。
ふと、ダブルの顔が頭に浮かんだ。
-相手が男持ちでもいいじゃねえか。

「だよな」
トキオは立ち上がって、靴から足を抜いた。
「はなから駄目元上等なんだよ」
隣室側の壁に目をやる。そちらを指差して、
「諦めねえからな。」
はっきりそう言うと、トキオはシャツを脱ぎつつ自分のベッドに向かった。

Back Next
entrance