234.来客

ティーカップが立ってドアに向かう。短い会話が交わされた後で、二人分の足音が戻ってきた。
座っていた椅子に、ティーカップがつきなおす。そして、
「なんだ、先客がいたのか」
自分の席がないことを確認すると、ビアスは-訪問者は彼だった-少し離れて置いてあるソファに腰を下ろし、 手に持っていた二本の酒瓶を床に置いた。
トキオがどう反応していいのかわからずにいると、
「トキオ君も、酒には強いんだったかな」
ビアスは笑顔で訊いてきた。
「あ…、うん、どっちかってえと…強い方、かな」
トキオはおずおずと頷く。
「そうか!俺もなかなか酔えないんだが、とびきり効くってのを手に入れてね」
ビアスは酒瓶を一本手に取って、軽く持ち上げてみせた。
「せっかくだから3人で飲もう。グラスはあったかな」
言いながらビアスは立ち上がって、いそいそと隣の部屋へ入って行った。
その姿をトキオが目で追っていると、
「酒が好きなんだ」
テーブルに片肘をついたティーカップが、多少の呆れを含んだ声で言った。

ビアスが3つのグラスを手にして戻ってきたので、ティーカップはテーブルに並べていたネックレスを丁寧に片付けはじめた。
空いたスペースにトントンとグラスを置いて、ビアスは酒を注いでいく。
「ストレートが一番だそうだ」
注ぎ終えたグラスをトキオとティーカップに寄せると、ビアスは自分のグラスを持ってまたソファに座った。
「やってくれ」
ビアスは嬉しそうにグラスを掲げた。
-マジで酒好きなんだな。
トキオは頬を緩めた。
「んじゃ、いただきます」
軽くグラスを上げて、酒を見つめてみる。飴のような柔らかい金色だ。
少し口に含んでみたが、強い酒にありがちな刺激はなく、甘口で舌に優しい。
-すげー軽いな、飲みすぎちまいそうだ。
喉を潤してから、トキオはティーカップの反応を窺った。
「これで本当に酔えるのか?」
軽い味わいに納得がいかないのか、怪訝な顔をしてグラスを眺めている。
「じわじわくるらしいぞ。慌てるな」
そんなことを言いながら、ビアスは派手に飲んでいる。
トキオは手元のグラスを見て、
-同じペースで飲もうとしなくていい。うん。
自分に言い聞かせて、また少しだけ口をつけた。

「あのネックレス、まだ持ってたんだな」
手酌で二杯目を注ぎながら、ビアスが言った。
「ああ」
ティーカップが応える。
「壊れてたみたいだが」
「少しな。それでトキオ君に見てもらってたんだ」
ビアスの視線がトキオに移った。
「細工の経験が?」
「…いや」
トキオが言うと、ビアスは肩をすくめて、
「ドワーフに治してもらったほうがいいぞ」
ティーカップに言った。
「俺もそう思う」
トキオは素直に頷いた。
「あれを作ったドワーフの所に持っていってみようか」
「健在なのか?」
「とりあえず2年前は元気だった」
二人のやりとりを聞くうちに、トキオは複雑な心境になってきた。

あのネックレスはビアスからのプレゼントらしい。
-10年以上、大事に持ってたのか…
手持ち無沙汰なのもあいまって、思わず酒に口をつけてしまう。
-あぶね。ゆっくり飲まねえと。
気が付いて、グラスを離す。とびきり効くというのがどの程度のものかはわからないが、なんであれティーカップの前で本格的に酔っ払いたくはない。
-酔っちまう前に、自分の部屋に戻りてえけど…
飲んでいるティーカップとビアスを二人きりにはしたくない。
自分にわからない話を続けているエルフ達を目の端で眺めて、トキオは小さく溜息をついた。

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