233.籠絡

「特に何かあるって感じはしないんだけど…」
鎧や武器をひと通り調べてから、ブルーベルはテーブルに片肘をついた。
「ありがとう、お疲れ様です」
イチジョウがグラスに注いだワインをブルーベルの前に差し出す。
「でも、俺がわからないだけかも」
ブルーベルはワインを一口飲んで、続けた。
「イチジョウの故郷って東の方なんだろ。俺、そのへんの魔法とか仕掛けの知識はあまりないから。ちゃんとわかってる人に調べなおしてもらったほうがいいと思う」
「もっともです」
イチジョウは頷いた。
「でも、この辺りでそういう知識を持った人がいるかどうか…」
脳裏にふとバベルの姿が思い浮かんだが、彼はササハラに紹介された人物だ。
「元ビショップだし、ミカヅキも詳しいかも知れないけど?」
口当たりの良さが気に入って、ブルーベルはワインを更に飲んだ。
「そう…あ、いや」
手を打ちかけたイチジョウは、そのまま腕を組んだ。
「ミカヅキ君は、ササハラと仲がいいんです」
大きく溜息をついたイチジョウを見上げながら、ブルーベルはグラスを両手の間に置いた。

「疑うのって大変だな」
「…ですね」
イチジョウは小さく首を振る。
ブルーベルは一度ワインを眺めてから、また片肘をついてイチジョウを見上げた。
「ササハラのこと、今どう思ってる?」
「…というと?」
「まだ好きなのか、もうどうでもいいのかさ」
「…」
イチジョウは腕を解いて、腰にあてた。
「…好きですね」
「じゃあもう疑うのやめたら?」
簡単に言い放たれて、イチジョウは唸った。
「…しかし、彼を信じたが為に家に連れ戻されるような事態に陥った場合、私はもう二度と外に出られないかも知れない。それだけは避けたいんです」
「信じるんじゃなくてさ。懐柔…籠絡かな」
ブルーベルは座ったままで腕を前へ伸ばし、背を軽く反らせた。
「イチジョウから離れたくない、仲間裏切っても構わないってぐらい好きにさせたらいいんじゃないか?完全にこっちに引き込んじゃえばいいんだよ」
「…、」
イチジョウは思案顔になり、
「…出来ますかね」
首を傾げ、小さく笑うように言った。
「疑うより簡単かもよ。もう出来てるような気がするし」
ブルーベルは椅子から立ち上がった。
「それでもし上手くいかなかったとしても、多分ヒメマルが手伝うから大丈夫だよ」
「ヒメマル君が??」
ブルーベルがすたすたとドアに向かうのを、イチジョウが慌てて追う。
「彼の逃がしのテクニックは超一流だから、安心していいと思う。おやすみ」
ブルーベルは部屋の外に出ると、ちょっとした驚きを顔に出しているイチジョウに手を振ってドアを閉めた。
*
ヒメマルに渡された盗賊の短刀を一番深いポケットに入れたまま、トキオはティーカップの部屋を訪れていた。
テーブルの上に形良く広げられた「壊れた細工物」は、多くの宝石をあしらっていながらも上品で静かな佇まいだ。隅々まで手の込んだ細かい装飾がほどこされていて、半端な品ではないことはすぐにわかった。
一緒に並べられている切れたチェーンと欠けた部品すら、あつらえたオブジェのように見える。

「すげえな」
触れるのもはばかられて、椅子に座ったトキオは両手をぴったりと膝に置いて観察している。
「装飾品は色々と集めてきたが、これが一番のお気に入りなんだ」
正面に座ったティーカップが、小さく溜息をつく。
「チェーンはすぐ直せると思う」
「そうか!」
ティーカップの顔がぱっと明るくなった。
「でも、欠けてるとこはやっぱドワーフに任せた方がいいだろな」
「得意分野じゃなかったのか」
一瞬で表情が曇る。
「俺も頑張りてえんだけど、これはちゃんとした技術と材料で直さねえと台無しになっちまうよ」
トキオは真剣に答えた。
「ドワーフとは俺が話すから、そうしろよ。な」
「…ふむ」
ティーカップがしぶしぶ頷いた時、ドアをノックする音が響いた。

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