232.短刀の転職

いつものパーティメンバーで潜るのは3日ぶりだったが、2、3戦もすればすぐに勘が戻ってきた。
イチジョウの剣技は冴え渡っていて、動揺は微塵も感じられない。
-俺なら無理だ。大人だよなぁ、イチジョウ。
トキオはイチジョウからクロックハンドに目を移した。
突きかかる刃をかわし、爪をかいくぐって、牙を避けると同時に苦無を見舞って即座に引く。鮮やかだ。
-やっぱすげえ…よっぽど集中してねえと、ああはいかねえよな。
心技体が極限まで磨かれていなければ、鎧という保険なしに敵の懐に飛び込むのは難しいだろう。

「訓練所で転職する時って、忍者の戦い方のトレーニングみたいなことしたんだよな?」
戦闘後にキャンプを張った時、トキオはクロックハンドに訊いた。
「そやね。転職中のことて記憶曖昧やねんけど、身体がちゃんと覚えてるわ」
地べたに腰を下ろしたクロックハンドは、右肩を軽く回した。
「盗賊の短刀使って忍者になっても、クロックハンドみたいに戦えんのかな」
「それはどうなんやろな~。せやけど、ちゃんと戦えへんかったら参るわな。忍者になった意味あらへんし」
「その時は今まで通り後衛で、僧侶呪文を唱えてもらうしかないな」
ブルーベルが言う。
「しかしそれなら、トキオ君の代わりに腕のいいビショップを入れたほうが良くないか。罠の解除はカッパ君で事足りるわけだしな」
腕組みして立ったまま周囲を伺っていたティーカップが、振り向いてそう続けた。
「そ…、、」
トキオが言葉に詰まっていると、
「え~、やっぱりトキオがいいよぉ~」
ヒメマルが言った。
「頑丈やもんね」
クロックハンドが合いの手を入れると、
「そうそう」
ヒメマルは頷いた。
「そういう理由でかよ!」
トキオがつっこむと、やりとりを見ていたイチジョウが笑った。
「冗談はさておいて。本当に戦闘技術が身につかなかったら、ちょっとがっかりですね」
「うん…。でもよ、戦えねえような忍者になっちまうんなら誰も盗賊の短刀使わねえと思うんだよな。だから大丈夫だと思うんだけど」
「確かにそうですね」
「みんな、盗賊の短刀使って転職した知り合いとかいないの?」
ヒメマルの問いに、皆、首を振った。
「いねえってことは、やっぱ使っちゃマズイのか?」
トキオは難しい顔をして首を捻った。

「だからといって、君が盗賊のままでいることにメリットはないだろう」
ティーカップが言う。
「…だな」
トキオは素直に頷いた。
「もしあかんでも、トキオもともと前衛やねんから、浅い階から馴らしていけば、すぐにそれなりに戦えるようになると思うで」
「そうだよね~」
「そっか、いきなり10階でやろうと思うのが間違いだよな」
トキオは胸の前で掌を垂直に合わせ、指を組んだ。イチジョウが真剣な顔で頷く。
「戦闘力がちゃんと身についたとしても、浅い階での肩ならしはしたほうがいいですよ」
「うん。そうする」
「ほなそろそろ狩りましょか!」
クロックハンドが立ち上がるのを合図に、パーティの姿勢が切り替わった。
*
久々の探索を危なげなくこなしたパーティは、地上に戻った。
これといった戦利品はないので、夕食を済ませてすぐに解散ということになった。
「俺はイチジョウのアイテム見に行くから、盗賊の短刀はヒメマルに渡してもらって」
別れ際、ブルーベルにそう言われてトキオが頷くと、
「トキオ君、その後は僕の部屋にきたまえ」
ティーカップに言われた。
「な、なんで?」
トキオが多少の緊張と期待を丸出しにして訊くと、
「修理を頼むと言ったろう、忘れたのか?」
ティーカップは眉を上げて答えた。
「あ、あー!そうだっけ」
「待たせないでくれたまえ」
人差し指を立てて念を押すようにそう言うと、ティーカップは宿へと歩いて行った。

「修理ってなに?」
トキオと並んで歩きながら、ヒメマルが訊く。
「なんか、壊れた細工もん直してくれって」
「へえ~っ、トキオに頼んできたの?なんかいい感じじゃない~」
「んー…。つってもドワーフ製だっつうから直せるかわかんねえんだけどな~」
「いいとこ見せたいね~」
「…うん」
トキオが頷くのを見て、ヒメマルは顔を綻ばせた。

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