231.シャツ

寝る直前になって盗賊の短刀のことを思い出し、夜明け前までそのことばかりを考えていたトキオは、ひとつ大あくびをしてからギルガメッシュに入った。
いつものテーブルには既に他の5人が集まっている。

「はよーっす」
トキオは椅子に腰を下ろし、ウェイターに野菜ジュースを注文した後で、
「あれ」
正面に座っているイチジョウに目を留めた。
ササハラと付き合い始めた頃からずっと和服だったイチジョウが、シャツを着ている。
「イチジョウのそういうカッコ、久々に見たような気がするな」
「だよね~、なんか新鮮~」
ヒメマルも相槌を打つ。イチジョウは笑顔を見せてから、ふぅっと息をついた。
「私を追いかけている者達がいる、ということはお話しましたよね」
「うん」
イチジョウの横に座っているクロックハンドが頷く。
「ササハラ君がその中の1人だとわかりました。離れることになったので、彼にもらったものは着ないでおこうと思いまして」
「…えぇ?」
ヒメマルが目を丸くする。
「ほんまに!?」
クロックハンドがアヒルの顔で訊く。
「本人も認めましたから」
「…え、ほんならもしかして、ササハラがイチジョウナンパしたんってそのためやったん?家に連れて帰るため?」
「だと思います」
「イチジョウに近づくために、好きなふりしてたってこと~?でもササハラ、イチジョウのことほんとに好きっぽく見えたけどなぁ」
「私もそのあたりを判断できなかったので、とりあえず離れることにしました」
「…しっかし、それショックだなぁ…」
トキオはウェイターから受け取った野菜ジュースを両掌で抱えた。
「ショックですねえ」
イチジョウは口元で笑って、目元で困っている。
「潜れるのか?」
ティーカップは腕組みをしてイチジョウを見た。
「そんな心境で」
「…」
イチジョウは苦笑気味だった表情を解いて、少し考えた。

「昨日のうちに、ある程度気持ちの整理は終えました。私は探索中に他のことを考える方ではありませんから、大丈夫です」
「鎧はどうする?あれも彼のプレゼントだろう?」
ティーカップが続けて訊く。
「防御力の面で言えば、私情抜きで装備したいところです。でも何らかの仕掛けがある可能性が否めませんので、他のものを装備させてもらいます」
「仕掛けって?」
ヒメマルが首を傾げた。
「例えば、私の位置を追跡するためのマジックアイテムがついている、などですね」
「そんなことする~!?」
「彼らならあり得ます」
「…イチジョウ、大変だねえ…」
ヒメマルの声には、同情以上の響きがこもっている。
「他の装備にも何かそういったものがつけられてないか、気になるんですが…。ベル君、そういった鑑定はできますか?」
「…どうだろ。やってみないとわからない」
「今日の探索の後で、時間があれば一度調べてみてもらえないでしょうか」
「わかった」
答えて、ブルーベルはオレンジジュースを飲んだ。

「リーダー。盗賊の短刀、今使う?」
「う?あ、」
トキオはジュースにかけていた手を、テーブルに置いた。
「えと、もうひと潜りぶんぐらい経験積んだら、その後使おうと思ってる」
「じゃ、帰ったら渡す。宿に置いてあるから」
「…うん」
トキオは思い切るように頷いた。
「盗賊の短刀が手に入ったんですか」
イチジョウの表情が明るくなった。
「ちょっと前にね。リーダーが強くなるまで保管してたんだ」
「なるほど、機が熟したわけですね」
イチジョウと一緒に、ブルーベルに視線を向けていたティーカップも頷いている。
「ほな、さくっと行ってトキオを強くしてまおか!」
「だね~」
「うっし!」
トキオはジュースを飲み干すと、ザックを掴んで立ち上がった。

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