230.真性

シャワーを浴びたクロックハンドはタオルを首にかけ、ベッドに腰を下ろした。
-あれでもうちょっと歳相応の顔しとったらなぁ~。
広場での戦闘後、食事に行った店で色々と話して、クロックハンドはパットのことをすっかり気に入ったのだ。
仕草や言葉遣いに子供っぽいところは多々あるが、なかなかシビアな意見も持っている。マスタービショップ-全呪文を使える腕だというのにも驚いた。
中身だけ見ればちょっと手を出してみたいような相手なのだが、あの子供のような顔を見ると、そういう気がすっかり抜けてしまう。
-ま、ええ友達が増えたっちゅうのも悪ぅないでな。
ゴシゴシとタオルで頭を拭くと、ドアをノックする音が聞こえた。
「なんや?」
クロックハンドはバスローブを掴んで、袖を通しながらドアへ向かった。

「誰やー?」
ドアを開けずにクロックハンドが言うと、
「エディ」
と返ってきた。
眉を上げて肩を軽くすくめ、しばらく間を置いてからクロックハンドはドアを開けた。
エディ-ミカヅキは、カーニバルで見た格好のままだった。
ゴーグルをつけていないのに、クロックハンドをしっかり見つめると、
「少し話をしたくて」
と、遠慮がちな笑顔を見せた。
「…ぁあ、ええけど…」

ミカヅキの持ってきたワインに口をつけながら、クロックハンドはまたベッドに腰掛けた。
ミカヅキはその正面に、部屋にあった簡素な椅子を持ってきて座る。
「お前、ゴーグルつけんでも大丈夫になったんか?」
クロックハンドが言うと、ミカヅキは頭を振って自分の眼を指差した。
「目に、ゴーグルと同じ性質を持った小さいレンズを入れてるんだ」
「レンズ?」
クロックハンドはミカヅキに顔を寄せて、まじまじとその眼を観察した。
「ほんまかいな、ようわからんけど」
「うん。同じような眼鏡も作ってある」
「は~、そんなもん作れる人がおるんかぁ~!」
クロックハンドは素直に感嘆の声をあげて、座りなおした。

「ほんで、なんや話て」
聞かれて、ミカヅキは頷いた。
「フィリップに言われた通り、色んな人と触れ合ってみようと思って、カーニバルの間に多くの人に声をかけてみた」
「ふんふん」
クロックハンドはパン屋の前にいた少年を思い出しながら、ワインと一緒に持ち込まれたピーナッツを齧った。
「本当に色んな人がいて、色々話したんだけど…。よくわかったのは、相手に何らかの魅力があったとしても、それがそのまま恋愛感情に繋がるとは限らないということだったよ」
「あー、そうやなぁ」
クロックハンドは何度も頷いた。
「恋っていうのは、どこかで火がつかなければ生まれない感情なんだな。そして、発火点は理屈とは関係ない場所にある」
「ああ、そうかも知れん。なかなかうまいこと言うやないか」
「…それで…」
ミカヅキはワインで軽く唇を濡らした。
「フィリップには火がついてないんだなと…思った」
項垂れるミカヅキの頭を眺めて、クロックハンドは息を吐いた。
「… まぁ、そういうこっちゃな」
「だから俺は、考え方を改めることにした」
ミカヅキはキッと顔を上げた。
「お、どんな風にや?」
クロックハンドは興味深くミカヅキの言葉を待った。
「前にフィリップが、俺の立場は恋人じゃなくて<犬>ということでどうだ、という話をしたことがあったけれど」
ミカヅキは親指で自分の胸を指した。
「あぁ、言うたな」
「それでもいいんじゃないかと。」
「…ま…」
クロックハンドはピーナッツを摘んだ手を止め、ミカヅキの真剣な眼差しに目をしばたかせた。

「待てや、…お前、もうちょっと自分を大切にした方がええんと違うか」
予想外の方向に考えを改められてしまって、流石にクロックハンドも毒気を抜かれた。
元々、『犬でどうだ』などというのも嗜虐心からついそう言ってしまっただけで、本当にそんな関係になるつもりはなかったのだ。
「自分が一番幸せでいられる方法を考えに考えての結論なんだ」
ミカヅキの声には、力と熱がこもっている。
-こいつ、冷静な時でもこんな考え方するんかい…。目の力とかいうのでおかしゅうなってマゾっぽくなってるんやと思てたけど、真性やないか…
クロックハンドは深呼吸とも溜息ともつかない大きな息を吐いた。
「…断ったらどないするつもりや?」
「…それは…、あ…諦める…」
ミカヅキは俯いて、噛み締めるように言った。
-ほんまかいな…。
クロックハンドは頭をぽりぽりと掻いた。
「とりあえずちょっと考えてみるから、今日は帰れや」

Back Next
entrance