227.援軍

動くことを諦めた怪物の前脚が再び人々に向かって振り上げられた時、ミカヅキはその的になる位置に立っていた。
「危ない!!」
ロードが駆け寄ろうとするのを、
「邪魔すな、獲れる!!」
クロックハンドが押しとどめた。
突っ込んでくる爪に貫かれる寸前で前転してかわしたミカヅキは、振り向きざま、目の前にある怪物の前足首を狙って横一線に手刀を叩き込んだ。

ややあって-怪物の凄まじい叫び声と共に、足首から先がぼとりと落ちた。

「おう!!」
「やった!!!」
引き気味だった者達が何歩か前に出た。
「血に気をつけろ」
掌を大きく開いて制し、自らも後退しながらミカヅキが言う。
大量に流れ出した緑色の血液は、石畳に落ちる度にシュウシュウと音と煙を立てている。
痛みのためか、怪物は爪を失った前脚を振り回し始めた。
「離れよう」
ロードが言い、人垣は大きく後退して状況を見守った。
飛び散った血液を浴びた街灯は、ほどなくぐにゃりと曲がってしまった。

「うっへ、下手に攻撃したらモロかぶってたな」
「足止めは出来たけど、近づけないわ」
「傷口を焼く?」
「魔法が効かないから無理じゃないか」
「出血多量で死んでくれんかね」
皆、口々に意見や感想を述べ合っている。
「どうしたもんかな」
トキオも顎に手をあてて考え込んだ。
「この距離で届く、魔法以外の攻撃か…」
そう言って腕を組んだティーカップの右側から、7、8人の者が走り寄ってきた。
「間に合ったあ~」
「止まってんじゃんラッキー」
「場所を空けてください、正面を空けて!」
エルフと人間の混成パーティのようだ。
「なんだ?…あ!」
「解決しそうだな」
トキオとティーカップは彼らの手に握られている物に気付き、言われた通りに場所を空けた。

人垣がざらっと左右に分かれ、怪物の正面に大きな空間が出来た。
現れた者達は距離を置いて怪物に対峙し、手にした弓を引き絞ると、
「射て!!」
リーダーらしき男の合図で、一斉に矢を放った。
その全てが次々と確実に突き刺さり、怪物が苦悶の声をあげる。
「効いてるな」
ティーカップが言った。
「う、うん。こりゃ倒せそうだな!」
トキオは興奮気味に答える。
精霊魔法と同様に、この街では弓を使う職業は未開拓の分野だから、アーチャーの戦闘を見るのは初めてだ。
弓といえば木製でDの字に似たもの、という程度の概念しか持っていなかったトキオの目には、彼らの持つ、材質や大きさ、形までが実に様々な弓はとても珍しい物として映っている。
弓だけでなく、矢も多彩だ。一番近くにいるアーチャーが使っている矢などは、トキオの親指よりも太い。

「俺、弓って接近戦に入るまでの補助っぽいもんだと思ってた…」
「ここまで威力のあるものを見るのは、僕も初めてだ」
ティーカップも感心したように彼らの戦いぶりを眺めている。
ブツッ、と矢が刺さる音が鳴る度、怪物の体が痙攣する。
数分間休みなく矢の雨が降り注ぎ、刺さる場所がほとんどなくなった時に、怪物はやっと力尽きた。
*
本当に死んだかどうかを確認する前に、怪物の姿は溶けるようにゆっくりと掻き消えてしまった。
酸性の血だまりだけが、あちこちに残っている。
それに注意をはらいつつ、Gの者が中心になって道に点在する犠牲者達の体を寺院へ搬送しはじめた。
「手伝うか?」
トキオが言うと、
「僕らには荷物があるし、一番気に入っている服を汚したくない。人数は充分だろう」
ティーカップはそう答え、
「それより食事に行こう。焼き栗はもうすっかり消化したぞ」
と続けた。
「あ…うん、そうだな…」
言いながら、トキオは救護している人々に目をやった。
確かに人手は十分足りているようだ。やることがなく、運ばれる怪我人の傍をうろうろしているだけの者もいる。
自分もティーカップも、近くにいた怪我人相手に回復呪文は使ってしまったし、Gが中心になって動いている所にEが混ざると、無駄なトラブルを招くこともある。
見回すと、いつものパーティのメンバー達はとうに移動したらしく、1人も残っていなかった。
「んじゃ、行くか」

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